代表 中野 光崇

紅茶専門店 京都 セレクトショップ 代表 中野 光崇

代表 中野 光崇

紅茶専門店 京都 セレクトショップ
設立 1998年03月
事業内容
  • 紅茶・ハーブティーのインターネット通販、直営店の経営
  • オリジナル紅茶・お茶製品の製造・加工
会社HP http://www.verygoodtea.com/

●中1で「安定した地位も給料もいらない」と決断

学生時代は、学校の授業が嫌いでした。
近所に住んでいた祖母が、僕が小学校に入学する時に
「小学校に入ったら、毎日何時間も座って授業を聞くだけでかわいそうだね」と言ったのです。
それで「授業を受ける自分はかわいそうなんだ」と思うように。

中学1年から塾に通い始めると、高校受験を控えた3年生の人たちは
週4回も通っていることを知り、何のためだろうと想像したら・・・
「いい高校に入って、いい大学に行って、いい会社に入って、
50歳くらいで部長くらいになって安定した地位と給料を得るため」だと思いました。
そのためだけに、面白くもない勉強をしているのか。
50歳で部長になることがゴールなのか。
それなら、僕は安定した地位も給料もいらないから、
そのレールから「イチ抜けた」と思いました。

それでも大学に行った理由は、自由な時間がほしかったから。
浪人時代、親に
「大学4年間で300万円もの授業料を大学に払うのはもったいないから、
そのお金を俺にくれ。それ以後は一切頼らないから」と
言ったこともありますが、納得してもらえず、受験して大学に行くことに。
文系で、特に経済学部はあまり学校に行かなくていいと聞いたので、
経済学部に入りました。

入学しても、もともと授業に出る気がなかったので、ほとんど行きませんでした。
時間があるので、図書館に行ってたくさん本を読みました。
中でも、ホンダやソニーの創業者が書いた創業ストーリーが楽しくて、
いつか自分も会社を創りたいと思うように。

●「エネルギーをもらえる」東南アジア旅行にハマった学生時代

その頃、映画『スワロウテイル』を観ました。
当時は円高で、東南アジアの人たちが、
「日本で仕事をして祖国に帰れば家が建つ」というような夢を抱いて来日するのですが、
仕事はなく、ビザは切れ、不法滞在に。
そして、スラム街を作り、偽札造りで成功するというストーリーでした。

その時は日本全体が停滞していて、このまま日本で大企業に就職し、
その雰囲気の中で働くのは嫌だと思っていましたので、
その映画を観て、アジアに行けばみんながエネルギッシュで、
希望があり前向きだと思ったのです。

東南アジアでは、粗末な身なりでも誰も気にしないし、
人の目を気にせず、見栄もなく、自分の好きなことをできるという開放感がありました。
そんな開放感にハマり、当時は1ヵ月以上日本にいられませんでした。
日本にいると、どんどんやる気やエネルギーが落ちていき、
アジアに行くとエネルギーをもらえてテンションが上がるんです。
そして、アルバイトをして旅行資金を稼いではアジアに行くようになり、
1ヵ月ごとに短期アルバイトと旅行を繰り返す生活に。

●タダで海外旅行しようと仕入れに行ったネパールで紅茶と出合う

短期アルバイトだと、同じ職場に長くいられないので、新しい仕事を探すのが大変。
そこで、アルバイトをせずにタダで海外旅行ができる方法を調べました。
すると、海外の商品を仕入れて売れば、飛行機代が経費で落とせることに気付いたのです。
これが、今の商売を始めるきっかけです。

大学2回生の冬休み。
全財産が16万円で、タイ・ネパール・インド旅行の航空券を10万円で買い、残りが6万円。
1ヵ月の旅行で、1日2000円の予算です。

ネパールに行くと、物価が日本の5分の1でした。
ここで何かを仕入れて日本に持って帰れば、
日本の問屋で仕入れるより安く、商売になると思ったのです。
そして、1日2000円の予算を少しずつ節約して、2、3千円の仕入れ予算を作りました。

最初に売ろうと思ったのは、その時流行っていたアジア雑貨。
麻でできたペンケースを見つけ、売れそうだと思ったのですが、これだけでは寂しい。
当時は、紅茶は1年に1回飲むかどうかという程度だったのですが、
たまたま紅茶専門店の前を通りかかった時、
店頭で赤いシルクの袋に入った紅茶を見つけました。
その袋がきれいだったので、紅茶とは知らず、ペンケースのおまけにしようと思い、
ペンケースと同じ数だけ買って帰りました。

●ネット通販でおまけに付けた紅茶が完売、紅茶専門店に

帰国してからホームページを作り、1ヵ月後に通販サイトをオープン。
最初は、ペンケースに紅茶をつけて販売していたのですが、
そのうちお客様から「別々で売ってほしい」という要望が。
すると、私が「売れる」と思ったペンケースは鳴かず飛ばずで、
おまけの紅茶の方が売れたのです。

当時、ネット通販では、
カメラが趣味の人がお店では売られていないレンズをネットで探して買うなど、
趣味的・専門的なものを買う人がほとんどでした。
紅茶を買ってくださった方も、市販されていないような良い紅茶を探して、
私のHPにたどり着いたようです。

そして、紅茶が完売。
初めのサイト名は「地球の屋根からの贈り物」だったのですが、
すぐに「紅茶専門店セレクトショップ」に書き換えました。

最初の売り上げは3万円くらいでした。
それでは海外旅行できないし商売もできない。
商売にはやはり資金が必要だと思い、
またアルバイトをしてお金を貯めて、ネパールに行きました。
今度は現地の人から紅茶の知識を教えてもらって紅茶を仕入れては日本で売って、
またネパールへ仕入れに行って…ということを繰り返しました。

●見えない将来、想像できなかったことができる瞬間が楽しい

今は京都市内に2店舗あり、将来的には他の都市にも出店したいですが、
まずは京都の三条、四条、河原町、烏丸の狭いエリアで、
さらに4店舗、5店舗と出したいと思っています。
そうなると、そのエリアではコンビニよりも多い専門店になりますからね。
そこで5店舗やれたら神戸でもやれるし、東京に行けばその10倍できると思うので。

他都市でも成功したら、仕入れ先に対してもっと発言力が出てくると思います。
今は、お願いしても「できない」と言われていることでも、売り上げの規模が大きくなれば、
お客様からの要望に応えられるような、当店専用の紅茶を作っていただけるようになると思います。
そうなれば商品力も上がっていき、集まるお客様も増えるでしょう。

現時点では、四条通のような一等地に店舗を出すことは想像できませんが、
将来会社が大きくなれば実現するだろうし、そうなれば今は想像できないことも考え始めて、
その時やりたいことをやればいいと思っています。

想像できなかったことができる瞬間が一番楽しいです。
成長していないと、5年後、10年後の将来が見えてしまいます。
そうすると、生活のために我慢して仕事していることになり、
ミステリー小説の犯人がわかっていて読んでいるようで面白くありません。

現状維持になってしまったら、仕事はつまらない。
将来が見えないと、今日の仕事ぶりが5年後、10年後の自分を創っているということになるので、
時間がすごく大事になってくるし、きちんと仕事をすることで5年後はもっとよくなっているかもしれませんよね。
成長しなくなったら、会社を辞めるくらいのつもりでいます(笑)。

●お客様は味方

世の中には、売上げを上げるために、お客様が敵になっている会社が多いと思います。
当社の場合は、「よくぞ当店で買ってくださった」と、
お客様は自分たちに共感してくださった味方、身内のように考えています。

そんなお客様に悪い紅茶を飲ませるわけにはいかないので、
自分たちが飲んでいない商品を売ることはありません。
厳選した紅茶を扱い、
確実に自分たちで把握できるオリジナル商品という範囲に限って販売しています。

当社では、そういう考えに共感してくれる人、忠実な人を求めています。