代表取締役社長 鳥谷浩志
設立 | 1997年10月 |
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事業内容 |
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会社HP | http://www.lattice.co.jp/ja/ |
目標は、「神話」を作ること。
私が学生のころは、就職活動は売り手市場だったこともあり、
200社近い企業から選び放題、という時代でした。
各企業のパーティに招待されたり、旅行に連れて行ってもらったりと、至れり尽くせりの状態でした。
しかし、実際には大学の先生の奥様が大手複合機メーカーの研究所長をしていたことがご縁となり、
その企業へと就職することとなりました。
その研究所はできたばかりだったため、
入社後はゼロからのスタートということで色々な経験をさせてもらえました。
動き出したばかりの組織だったので、会社自体は堅い雰囲気でしたが、
研究所だけは一線を画した存在でした。
そのため、短パンにサンダルというラフな服装で会社に行くなど、
非常に自由な雰囲気の中働くことができました。
最先端の技術に触れているという自負があり、仕事は非常にやりがいあるものでした。
当時、私は3Dの研究をしていたのですが、3D自体がまだ研究段階の技術であったため、
研究で何かわかったことがあればすぐに論文にし、国際学会で発表をしました。
また、私は採用担当も兼務しており、全国の大学を回り、優秀な人材を探すという仕事をしておりました。
私が入ったときには3,4人しかいなかった仲間も、徐々に人数が増え、
優秀な人材が集まるようになっていきました。
私たちが目標としていたのは、競合他社が持っていた研究所でした。
その研究所では現在のパソコンの原点になっている、
デスクトップ上にアイコンを表示させるグラフィカルユーザインタフェースを開発しました。
ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズよりも前に、パソコンの原点を開発していたのでした。
私たちもその研究所に負けずに技術を研究し、
3Dという新しい概念で成功し、「神話」を作ろう、
というのが目標だったのです。
研究所ができて最初の5年は、ひたすら研究に没頭する毎日でした。
その後、研究結果を製品化するために開発をするようになり、
製品化後はプロジェクトとして実際に営業活動もする、という一連の流れを経験しました。
ベンチャーの躍動感と大企業の閉塞感
起業に踏み切った理由は、3点です。
まずは、ベンチャー企業は非常に力を持つ存在だということを見せつけられたことです。
実際に製品化したのは、「DESIGNBASE」という3DCADの基盤ソフトで、
その中でも世界3大ソフトと呼ばれるようになりました。
そこで、このソフトで世界に勝負しようと意気込み、展示会に出品をしたのです。
ところが、そこで前年に起業したばかりのベンチャー企業に、一泡ふかされることとなったのです。
当時、私たちは製品化に1000万とい大金をつぎ込んでいたのですが、展示会に出展すると、
そのベンチャー企業は売上がゼロだというにも関わらず、
当社の20倍もの巨大なスペースを構えていたのです。
実績も実物もないにも関わらず、日本からの来場者のほとんどがそこに吸い込まれていました。
その背景には、ベンチャーキャピタルが巨額の投資をしており、
ベンチャー企業に対する躍動感を見せつけられました。
2点目は、当社の3Dビジネスはひとまず成功したものの、次は何をやろう、という
閉塞感を感じていたことです。
3点目は、95年ごろから普及したインターネットです。
いよいよ世界が一瞬にしてつながる時代がやってきた、と心が躍りました。
もともと、私たちの開発していた3Dで軽量にデータが表現できており、
3Dデータがさくさく扱えていたのです。
そこにインターネットが普及し、テキストや画像の次には、3Dの時代が来る、
そこにこの軽量化の技術が生かせるのではないか、と考えたのです。
我々は、「Why」から始まった。
当初は独立ではなく社内で実現させようと、会社に提案したのです。
しかし、会社から返ってきた答えは「100億の売上が見込めるビジネスを提案しろ」というものでした。
当時、会社の売上は1兆円。
新規ビジネスをやるには、最低でも100億のビジネスプランを描くようにと指示されたのです。
そこで、色々と思案してみましたが、誰が使うのか、どこで使うのか、ということを考えるうち、
ビジネスについて現実的なプランが描けなくなりました。
そこで社内での実現は諦め、自分でやることにしたのです。
会社を辞めたのは97年。
山一證券や北海道拓殖銀行などの名だたる企業が相次いで倒産するという不況真っ只中でした。
銀行は資金を貸し渋り、さらには2000年初頭にITバブルが崩壊するなど、不利な状況が続きました。
しかし、私には絶対に負けない、という情熱がありました。
かの有名なライト兄弟が、貧乏にも負けず飛行機を飛ばす、という夢を実現させたように、
私も3Dで世界を変える、という強い信念があったのです。
パッション、つまり「Why(なぜ、この技術開発に取り組んでいるのか)」からすべては始まりました。
まずは実現のために優秀な人材を集めなければならないのですが、
創業のときには前職のころ一緒に働いていた仲間たち何人かが、ついてきてくれました。
博士号を持った仲間たちとともに創業できたことは、非常に心強くありました。
だからこそ、必ず世界に通用するソフトウェアを開発する、
という強い意気込みで臨んだのです。
勝利の秘策は、「No.1戦略」。
日本の産業用ソフトウェア市場は、輸出と輸入の割合が100対1、
つまり100億円輸入していれば輸出は1億円、という割合と言われています。
日本のソフトウェアは、ことごとくシェアを海外に奪われてしまっているのです。
私は、これを逆転させなければならないと考えました。
一流の人材は集まったから、
今度は一流のソフトを開発しなければならないという思いがあったのです。
さらには、3Dの新たな市場を作り、需要を拡大させる必要もありました。
前職で開発した3DCADはごく限られた人の間でしか使われず、
CADを使ったことのない人々にも、3Dデータを使えるようにしなければならないのです。
そこで、当社では3DCADデータを100分の1程度にまで圧縮できる
「XVL」という軽量化フォーマットを開発しました。
これにより、3Dデータをネットワーク上で簡単に共有できるようにしたしくみを
「Casual3D」という新たなコンセプトを生み出したのです。
しかし、一介のベンチャー企業が世界に通用するソフトウェアを開発すると公言すると、
多くの人々から「何を言っているんだ」と笑われたものです。
そこで、当社が打ち出した作戦は、ずばり「No.1戦略」。
業界のトップシェア企業に技術を採用してもらうということでした。
トヨタを始めとする業界のトップシェアに次々にXVLソリューションを導入いただき、
業務提携に成功しました。
東京オリンピック開催が決定し、
建築や都市開発などの日本のインフラ産業はどんどん元気になっています。
そうした状況の中で、建設業と製造業がどんどん近い存在へとなっています。
2者間では3Dデータ上にて建物や部品のモデルを作成し、設計から組み立て、
維持管理までを行おうという動きが活発になっているのです。
どちらの業界においても、当社の「XVL」が必要とされる分野であり、
「XVL」が業界間の橋渡し的な存在になるはずでしょう。
異なる業界をつなぐソリューションの提案で、世界に勝負を挑む。
それこそが、私の考える「3Dで世界を変える」ということなのです。
最先端のテクノロジーで市場を創造する
今後5年間の中期的な戦略としては、「XVLパイプライン戦略」というものを掲げています。
設計はCADが使われているため、3D化されているのですが、
それ以外の部分はまだまだ活用できていないのが現状です。
そこで、設計で作られた3Dデータを、営業や販売、マーケティングなどのあらゆる分野で活用し、
お客様の3Dデータを最大化しようというのが狙いです。
せっかく導入したXVLを、
設計以外のあらゆる部門で活用していただけるような提案をしていきたいと思います。
長期的な戦略としては、「3軸XVLパイプライン戦略」というものを考えています。
現状は、3Dデータを営業のプレゼンでも活用する、というところまで来ており、
次に狙うのは「リアルとバーチャルの融合」です。
最近、ARという技術がスマホアプリなどで普及しておりますが、
当社はMR(ミックスドリアリティ)を推進していきます。
現在、国内ではキヤノンがこの技術を研究しており、
当社はキヤノンと提携して、設計のシミュレーションに利用できるようなテストをしております。
今まで、設計図のような紙面上でイメージしていたものも、
すべて3Dで再現できるようになるのです。
逆に、工場の内部などのリアルに存在するものを3Dデータ化し、
工場のレイアウトを変えるときや新しい機械を導入するときなど、
3D上で試すことができるため、より忠実に試算することができるのです。
「XVL」のテクノロジーを最大限生かし、
今まででは想像もつかなかったようなマーケットをどんどん開拓していきたいと考えています。
「No.1」を手に、世界に挑め。
当社は3Dという最先端のテクノロジーを扱っている以上、
社員に対しても地頭のよさを求めています。
当社で働く社員も、知的好奇心や探求心が強いメンバーばかりですので、
今後ともに働く方々も、
そうしたメンバーと遜色なく働けるくらいのレベルであることを期待しています。
また、「XVL」は新しい技術で、用途、分野や今後の発展性に、際限はありません。
枠に捉われず、変化を受け入れられるような柔軟性も、大切な要素です。
当社では、新入社員研修の最後に、ある課題を与えています。
その名も「No.1宣言」。
自分の得意な分野でNo.1になれるよう、宣言してもらいます。
文系・理系問わず入社していますので、
個人ごとに得意な分野は違い、それぞれが自分の特技を生かし、
会社に貢献できるよう考えてもらうのです。
皆さんにも、どんな分野でもいいので「No.1」を目指してほしいのです。
まずは会社でNo.1、次は業界でNo.1、さらには日本でNo.1、世界でNo.1と、
徐々にスケールを大きくし、世界に通用するような人材として、
日本の将来を担っていってください。