会長 森田光一

会長 森田光一

設立 2006年5月
事業内容
    • ITエンジニアサービス事業
    • ゲームアプリケーション開発
    • 自社運営Webサービス事業
会社HP http://www.lucent-global.co.jp/

政治家の家系から経営者へ。

私の父親は政治家。
母方の祖父もまた政治家という、いわゆる政治家の家系でした。
私もまた3代目として
「お父さんのような、おじいさんのような立派な政治家になるんだよ」と
政治家になって活躍することを期待されていましたね。

そんな家庭環境にあったものの、内心ではずっと経営者に憧れていました。
政治家そのものよりも、政治家を支えている経営者のみなさんが輝いてみえていたんです。
父の政治活動の中で出会う社長の話を聞いて、社長という職に憧れをさらに抱くようになった。

また、私はずっと政治家の舞台裏をみてきました。
TVなどでみる政治家からは分かりませんが、実は政治家の仕事というのはかなりハードな仕事です。
実際に選挙活動の最中、まるで討ち死にのように苛烈な最後を遂げた祖父を間近でみていた経験から、
自分が務まるのかという不安もあり、大学に進んだころでしょうか、
政治家の道ではなく経営者の道へすすむことをはっきりと決意しました。

システム開発の難しさ、面白さ。

大学を卒業後はセコムの系列会社、セコム情報システムで開発を行いました。
しかし、システム開発をしている人の28人中、26名が学生時代に開発について勉強してきた人ばかり。
私自身は文系出身のため、システム開発がどういうものなのかまったくわからない状態からスタートしました。
システム開発の仕事を知っている人の中に、
まったく知らない私がいるわけですから、周りは全員外国語を話しているかのような疎外感を感じましたね。

フランス人がフランス語を話している中に、日本語しか話せない私がいる。
これは辛かった。
全員が分かっていることを自分だけが分からない疎外感と劣等感を感じる毎日、
会社を辞めたいとも思ったことも一度や二度ではありません。

ただ、ここで逃げてはいけない。
石にかじりつく気持ちで勉強を続けるうち、不思議と分かるようになってきた。
システム開発の深さ、おもしろさが分かるにつれ、仕事がどんどんと楽しくなっていき、
ついには生涯の仕事として励むまでに至りました。

ルーセントグローバル設立!そしてゲーム開発へ。

最初に勤めたセコムでシステム開発の仕事を担当して以降、さまざまな仕事を担当してきました。
ホームセキュリティーを売り歩く営業や、社長直属の企画担当、コールセンターや医療の仕事も行いました。
いろいろな仕事を経験しましたが、
その中でもやはり始めに経験したシステム開発の仕事が一番心に響いていました。
そこで2006年にシステム開発の会社、ルーセントグローバルを設立。
かねてよりの夢だった会社経営を実現させました。

ルーセントグローバルは、エンジニアがハッピーになれる会社にしたい!
エンジニアがおもしろく仕事ができるようにしたい!
これをモットーにしています。
ルーセントグローバルを立ち上げた当初は、銀行向けのシステムのような固い仕事ばかりを請けていました。

しかし、社員たちがSNSゲームに興味を持ち始めた。
時代は2007年。
ちょうどSNSが台頭し始めた年です。
私自身はSNSゲームが本当に仕事になるのか少々懐疑的でしたが、
社員たちのやる気、楽しさを優先したいと考えゲームの開発をスタートさせました。

SNSゲームの開発と会社の成長。

「業務系の真面目な、固いシステムも良いです。しかし社長、私はSNSゲームを作りたいんです」

会社を設立してしばらくすると、ゲームの開発をしたいという社員が増えてきました。
ただ、いきなり受託するのは技術や経験がなかった当時の弊社では難しい。
それならまずはSNSゲームを作っている会社に社員を出向させれば良いじゃないか。
こうして弊社でのSNSゲームの開発はスタートしました。

不安はあったもののスタートしてみれば、ゲームの開発を楽しんでいる社員の姿。
メンバーがキラキラしながら働いている姿を見て、
こんな仕事もいいのかな、この仕事もおもしろいかもしれないな・・・そう思い始めました。

私も社員たちも新しい技術が大好きです。
新しい技術を習得できるうえ、社員たちの生き生きとした姿を見ているうちに、
最初の懐疑的な気持ちは消え、一人またひとりとSNSゲームの開発に携わるメンバーを増やしていきました。
経験のなかった仕事を成功させるべく、とくに大きく変わったのが経営陣。
SNSゲームの開発が波に乗るころには、企画・開発・運営すべてができる会社に成長を遂げました。

ネイティブアプリという技術革新。

社員の目が輝くようなそんな仕事・商品をつくっていきたい。
お客様が喜び、社員が喜び、利益を上げることで社員の家族も会社が喜べる、
そんな仕事をこれからもやり続けていきたい。
そうした思いを仕事に反映するために、
SNSという新しいプラットフォームの誕生は大きな転機になりました。

そしてネイティブアプリの登場という技術革新。
最後に、ユニティの浸透。
この新しい技術革新を背に、弊社は第二創業期を迎えています。

ネイティブアプリで戦える会社になっていこう!そう決意して、経営の舵を切りました。
ネイティブアプリの出現と言葉でいってしまうのは簡単ですが、影響力は計り知れません。
プログラミングの方法や画面の開発もアプリに合わせて変化していくでしょう。
こうした変化についていくためにも、日夜勉強し続けることが必要とされるでしょう。

弊社ではSNSゲームの開発に力をいれていますが、
もちろん業務系の開発を捨ててしまったわけではありません。
いままで培ってきた分野も保持しつつ、新しい技術にもチャレンジしていこうと考えています。

諦めずにやり続ける。

文系出身でも、やる気があればシステム開発をこなせる。
自分がそうだったからこそ、これが事実であることが分かります。
論理的思考さえ持っていれば、だれであろうとエンジニアになることはできる。
ただ、一つエンジニアに向いている特性があるとすれば、
追求してやり続けられる人がいいですね。

新人だから、、、とか、経験者だから、、、とかはシステム開発には一切関係ありません。
日々新しいプログラミング、アプリが開発されている世界ですので、
学び続けることが出来ない人は生き残れない。
そのかわり若くてもリーダーになることもできるのがエンジニアです。
もし本当にエンジニアになりたいのであれば、文系だから・・・という言い訳はしてはいけません。

私自身、言語が全く分からない中から鍛えました。
一度逃げたら、今後も逃げ続ける人間になってしまうかもしれない。
その恐怖感がありましたから。
わからない状況から逃げずにやり続けたからこそ、いまの自分があります。

周りが何をしているのか、何をいっているのかさっぱり分からない状態から、
気づけば自分が指揮する立場になっています。
みなさんには、諦めず何でも必死にやることから初めてもらいたい。
私自身、投げ出そうと思った職業が一生の仕事になっているのですから。