代表取締役 原田 裕

株式会社出版芸術社 代表取締役 原田 裕

代表取締役 原田 裕

株式会社出版芸術社
設立 1988年11月16日
事業内容
  • 文芸書(ミステリー・SF他)、スポーツ(サッカー・野球・陸上競技・合気道他)、教養書(知恵の本シリーズ他)、芸術書(写真集・図鑑・日本音楽他)等の単行本の出版
  • 教養書(知恵の本シリーズ他)、芸術書(写真集・図鑑・日本音楽他)等の単行本の出版
会社HP http://www.spng.jp/index.html

戦後すぐからずっと編集者として活躍

私は昭和21年に、戦後第一期生として講談社に入社しました。
前年が終戦の年で、東京は全て焼け野原でしたよ。
その頃から88歳の今まで出版に関わってきましたが、
ずっと編集者としてやってきた人間ということでは、
私が日本で最も古いのではないかと思いますね(笑)。
だから、戦後の話、昔の文化の話など、古いことを知りたいと、
色々な人が私のところにやってきます。

編集者としては、数多くのミステリーやSF小説の刊行に関わりました。
また、日本推理作家協会が主催している江戸川乱歩賞の選考委員を
20年にわたって務めたりもしました。

これだけ長いことやっていると、一人の作家の最初と最後の一冊を
手がけるという経験もしています。
編集者として新人作家の頃から育てて時が過ぎて、
たまたまその人のが亡くなる前、最後の一冊も私が出す。
そういった作家が2~3人はいました。
そうなると、作家の一生が見えてきますよね。
「こういう書き方で、こうやっていたら最後にこうなるんだ」と。

国の検定制度に苦労しながら進めた教科書作り

講談社では教科書を出していた時期があったのですが、
私はその出版局長をやっていました。
戦前は、教科書は全て国が作った国定教科書でしたが、
終戦後はアメリカの方針、いわゆる民主化ということで、
検定さえ通れば、どの会社でも作ってよいとなったのです。
しかし自由に作っていいといっても、その検定制度というのが、
あれもダメこれもダメと、非常にうるさい。
例えば、内容はこう、ページ数はこのくらい、紙はこれ、と。
さらにカラーページの割合、表紙は質素に、定価はいくらでと、
まるでお粗末で安いものが良いと言わんばかりだったのです。

それで教科書一式の値段が3,000円くらい。
週刊誌が1冊300円くらいでしたから、週刊誌10冊分の値段で
1年分の教科書を全て作りなさいと言うのです。
そんなことは無理ですから、教科書業界として文部省に陳情して、
1割から1割5分の値上げをしてもらいました。

「子供たちには立派な教科書で学ばせたい」という思い

するとすぐに新聞が、「教科書が値上げするなんてけしからん」
「家計にひびくじゃないか」と書きたてたのです。
そして大手新聞社から話が聞きたいと電話がかかってきたので、
私は出版局長として、取材に応じました。

新聞は「家計にひびく」と書いたが、全部で3,000円だぞ、と。
そもそも教科書というのは、自分の子供が勉強をする大事な本。
それがたったの3,000円。
もっと良いものを作って、子供に与えなければいけないじゃないか。
週刊誌よりもお粗末なザラ紙で、ボロボロの教科書なんて、
日本人としても恥ずかしくないのか。
文部省はいったい何を考えているのか。
粗末なことが、質素倹約が日本の昔からの美徳とはいえ、
子供たちには良いものを使わせなければダメ。
それがどうして分からないのか。

それを記者に話したところ、その新聞社は全ての論調を変えましたよ。
系列の週刊誌では「教科書がこんなお粗末でいいのか」という
特集も組まれました。
日本の教科書がこんなでは、ろくな教育ができないという内容です。
これらは教科書会社に対してではなく、文部省への抗議でした。

定年退職をするも、周囲に請われて起業

このように、編集者として様々な経験をしながら、
子会社の社長もやるなどして、65歳で定年退職をしました。
ところが社長をやめても、「何もせずにいるのはもったいない」と
言ってくれる人がいたんですね。
そう言われると、それもそうかなあという気持ちになってきたんです。
それで、会社で儲けなくても年金があることだし、
皆に幸せになってもらえるような良い仕事をしようと考えました。

そういった経緯で、昭和63年に出版芸術社を始めたのですが、
すぐにバブルがはじけてしまい、大変な思いもしました。
しかし様々な人に手伝ってもらったりしながら頑張っているうちに、
10年、15年と経ち、やがて20年が過ぎました。

「本当のこと」を見極めていくには

私の経験から言えるのは、「本当のこと」というのは、
まずは自分が知らないと書けないということ。
ところが「本当のこと」を知るのは、非常に難しい。

難しいと言っても、編集者、ジャーナリストは
情報を売って生きているので、嘘を言ってはいけません。
だから何が本当であるのかを、常に考える必要があります。
幸いなことに今の日本には、言論の自由があるので、
本当のことを見つけたら、どんどん発信してほしいですね。

ただし若いうちは、嘘か本当かを、なかなか理解できません。
そこで何が本当であるかを見極めるために必要なのは、
学問であると私は思います。
真の学問とは「本当のこととは何か」を判断すること。
これが最も大事なのです。
学問は学校でしか身につかないというものではなく、
自分で努力している人には自然に身についていきます。

それから、自分で学ぶことと同時に、
経験者の言うことに耳を傾けることも大切です。
若い人の中には「君はこうした方がいい」と言われても
「何を!」と思う人もいることでしょう。
「オレはそうじゃないぞ」と。
しかし、年齢を重ねている人、経験をしている人の言うことは、
真剣に聞けば、きっと糧になるはずです。

世界中が絶賛する、日本人の「受信力」

それと、近ごろ私が考えさせられたことで、
若い人たちにも認識してほしいと思ったのが、
日本人の「受信力」についてです。
これは、東日本大震災に際して言われ始めたものです。

今回の震災では、整然と秩序を守っている日本人に、
外国の人々は驚かされたようです。
暴動や配給の奪い合いなどが起こることもなく、
皆がお互いに助け合っている、日本人は素晴らしいと、
世界中が褒め称えました。

そして、日本人には「受信力」があると言うのです。
受信力というのは、何かを発信されなくても、
自分たちで相手が何を欲しているかを察すること。
そして必要なことを、いち早くやってあげる。
その日本人の「受信力」という文化が素晴らしいと、
外国の人々が言い出しました。

私たち日本人としては、当たり前のことですが、
外国の人々にしてみると、驚くべきこと、
そして素晴らしいことなのです。
このように海外から尊敬の念を向けられる道徳観を
日本人が持ち続けていることを、もっと自覚して
誇るべきではないでしょうか。
そしてこれからの若い人は、受信力を保ちつつも、
言いたいこと、言うべきことも発信できるように
なっていってほしいと思っています。