会長 高岡 光弘
設立 | 1975年3月 |
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事業内容 |
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会社HP | http://www.kaatsu-cosmos.com/ |
ずっと成功したいと思ってきた
私は子どもの頃から、ずっと「働きたい」、「絶対に成功したい」と思ってきました。
家が貧しかったから、自分で早くお金を稼ぎたかったのです。
メシが食えないほど貧乏だったので、小学生の頃から新聞配達をして、
そこで食事をごちそうになったり、近所の人に助けてもらったりしていました。
中学の時に、就職するか進学するかで迷ったのですが、面接で落とされてしまい、
定時制高校に進学します。
でも、結局、1年生の夏休みに高校を中退し、
夏休みからやっていた酒屋のアルバイトをしばらく続けました。
その後、2年間ほどはパチンコ屋で働いたり、
自分の車を持ち込んで商品を卸す仕事も始めました。
1つの仕事では食べられないので、2つかけもちして、やっと生活をしていました。
卸の仕事では、同僚の受け持っている会社が、私に仕事を頼んでくることがありました。
同僚は社員だから、チンタラ仕事をするけど、私は他に仕事があるから、早いのです。
自分がどういう思いで仕事をやっているかは、本当に大切です。
今の子は、ゆとり世代だから、与えられるのが当たり前だけど、
これはチャンスだとスタッフには言ってます。
みんな右を向いてのんびりやっているのだから、左を向いてやったら、
成功する確率は高い。そのかわり、厳しい道ですけどね。
ボディビルのジムに入会
スポーツジムに関わりを持つようになったのは、
結婚して、おいしい料理を食べるようになって、太ってきたことがきっかけでした。
何かないかと捜していたら、たまたま、ボディビルのジムがあったのです。
3年間ぐらいトレーニングをしたのですが、最初は、25歳と若いのに、腹筋さえできない。
車ばかり乗っていたから、体力が落ちていたんですね。
恥ずかしいから、早く行って、他の生徒が来る前に練習していました。
その一方で、中華料理の修行をして、28歳で店を出しました。
本当はパチンコ店をやろうと思っていたのですが、初期投資が大きすぎました。
子どもの頃に食べられなかったから、飲食店もいいと思ったのです。
昼間は食品の卸をやりながら、夕方5時から夜中の2時まで、
中華料理店を切り盛りしました。
普通なら体力がなくて続けるのは無理でしょうが、
ジムで鍛えていたから出来たのでしょう。
この店も3年でたたみました。
休みなしで365日仕事をしていると、車に乗っていてつい居眠りをしてしまいます。
人でもひいたら大変だと思い、3人目の子どもが出来たときに、店をやめました。
ジム経営に乗り出す
中華料理店を閉じてすぐ、ジムに戻りました。
すると、会長がジムをやめるから、私に「やらないか」と声を掛けてきたのです。
会長に見込まれたのかと思ったら、いろんな人に声を掛けているではないですか。
頭に来てジムをやめ、不動産会社に電話して、開業を即決しました。
ただ、ジムは最初、全然もうかりませんでした。
女房が昼間は店番をして、私は卸の仕事を続けていました。
当時はフィットネスクラブなどないので、ジムにエアロビクスのスタジオを併設すると、
序序に会員が増え、一時は400人まで増えました。
会員が増えて喜んだのもつかの間、大手のフィットネスクラブが出てくると、
会員は瞬く間にいなくなりました。
家賃は払えなくなるし、借金は膨らみ、
卸の仕事は続けていたので、それで何とかしのいでいました。
ジムのスタッフから、日焼けサロンが繁盛しているという話を聞き、
今度は日焼けサロンも開業したのですが、夏は良くても、
冬は売上げがガクンと落ちてしまいます。
その頃から、年間を通して売上げが上がる事業がないかと考えるようになりました。
加圧トレーニングと出会う
16年前の夏、ダイレクトメールが届き、
加圧トレーニングというものを初めて知りました。
僕はずっとトレーニングをやってきて、筋肉を増やす方法を良く知っていると思い、
放っておいたのですが、どうも気にかかる。
体験をしてみたのですが、痛いばっかりで、効果を実感することはできません。
加圧トレーニングを開発した佐藤先生は、「みんな感謝して、泣くんだよ」と言うが、
「ウソを言って、引っ張り込もうとしている」としか思えませんでした。
でも、おばあちゃんが泣くのを目にして、先生はウソを言っていないとわかりました。
足が痛いからゆっくりしか歩けなかったおばあちゃんが、
「今日は駆けてきました」と言って、正座して涙をこぼしたのです。
加圧トレーニングの知名度が低かったため、
7年間は全く会員が集まりませんでしたが、それでも「何かがある」と信じて、
あきらめませんでした。
今、加圧のインストラクターは2500人ぐらいいますが、
僕は5番目のトレーナーで、本当に初期にトレーナーになったのです。
佐藤先生は手取り足取り教えてくれるわけではないので、
自分で必死でノウハウを積み上げてきました。
簡単そうにみえますが、一つ間違えるとリスクもあるので、
ちゃんとした指導をするのは実は難しいのです。
日本を健康にしたい
病気を予防するには、運動・食・休養のバランスがとれていることが大切です。
いくら運動しても、帰ってラーメンライスやコンビニ弁当などを食べていてはダメなんです。
同じように、食事だけでやせようとしても、パワーが落ちるし、
睡眠を減らすと健康を害します。
今、太るからといって米を食べないという人が多いですが、米を食べても太りませんよ。
逆に、冷え性や便秘の人は米を食べていないのが一因ではないでしょうか。
食に関して、あまりにも知識がない人が多すぎます。
「日本を健康にしたい」をキャッチフレーズに、
スタッフ全員が食アドバイザーの資格を取っているのは、
少しでもたくさんの人に食の知識を増やしてもらい、健康になってもらいたいからです。
社長になるつもりで
就職難の時代だから、就職できただけでうれしがっている人が多いようですが、
「本当にその仕事をやりたいの?」と聞きたいですね。
うちなんか小さな会社だから、入社した人には徹底的に力を出してほしいと言っています。
せっかく親に健康な体をもらっているのだから、学校で勉強してきたことなど、
自分の力を発揮すべきです。
就職したから、これで一生幸せという時代ではないでしょう。
リストラもあるし、会社側もそんな人が入ってきても、給料を払いたくないと思います。
自分はそこの会社の社長になる、
というぐらいの気持ちで働いたら良いのではないでしょうか。