代表取締役 段 卓

株式会社インゲーム 代表取締役 段 卓

代表取締役 段 卓

株式会社インゲーム
設立 2010年8月2日
事業内容
  • オンラインゲームポータルサポート事業
会社HP http://www.ingame.jp/

中国から留学をして、日本で就職

私は中国で生まれて、中国の大学を卒業しました。
学生時代に、留学が流行っていて、
自分も海外に出てみたいと思っていました。
今考えると若かったんですね。
怖いものなしでしたし、新しいものも見たい。好奇心が旺盛でした。
海外に行けるのなら行きたいと考えたんです。
日本では沖縄の大学で学びました。
卒業後、すぐに就職をしようと思っていたのですが、
より自分の可能性とチャンスを広げようと考え。
琉球大学の大学院に入りました。
大企業ではありませんが、大学院卒業後、
社会人生活に大きな期待を持ちながら東京の会社に
東京の会社に就職しました。

サラリーマンとして頑張りながらも、独立を考える日々

就職したのが1998年で、当時30歳。
日本の会社で働くことは初めてだったので、
これからどうなるのか、何が起きるのか、ワクワクしたのを覚えています。
入社してからは、誰よりも早く出社して、
皆のテーブルを拭いたり、ゴミ出しをしたりと、人が嫌がることも率先して行いました。
職種はシステムエンジニアでしたが、
先輩に1日に数十回も質問して仕事の邪魔をしたと思います(笑)。
1年ほど経ったら、だいぶ質問も少なくなって1年半が過ぎた頃には一人前になり、
色々な仕事で結果を残せるようになりました。
しかし4年半ほどやっているうちに、
なんだか物足りなくなってきて「このままでいいのか?」と思い始めたんです。
周りでも独立する友達が出てきて、自分もそろそろかなあ、と。
中国の大学に行っている頃から
何かビジネスをやりたいと思っていました。
私が卒業した大学は、夏門(アモイ)という地域にあり、
そこは1979年に政府が定めた、4つの経済特区のうちの一つでした。
子供の頃からビジネスが身近にあり
私も自然に「いつかはビジネスをやる」と考えるようになったのです。
根本にそういう部分を持っていたこともあり、
どうしたら独立できるかを思案するようになりました。
しかし、当時の月給50万円と同じくらいのお金を、
何をどうやったら、独立して稼げるのか・・・。
時期もあったのですが自分のビジョンに近づけるため転職することにしました。
そこで移ったのがITの専門会社。
当時は、開発したプログラムを海外に輸出していたので、 
会社が私の中国のコネクションに注目しました。
それで、私の知り合いと連絡をとり、海外に発注するプロジェクトを手掛けました。
色々と問題にも直面しましたが
プロジェクトに携わったおかげで視野が一気に広がりましたし、
プロジェクトマネージャーとして任されて、自信もつきました。

まずは美容の仕事で独立

そんな時に、「美容の仕事をやらないか」と友達に誘われたんです。
すぐに「やります。」と返事をしましたよ。
あの時は、チャレンジ精神が強く誰に何を誘われてもやったでしょうね。
たとえラーメン屋さんを始めようと言われたとしても(笑)。
たまたま誘われたのが美容だったということです。
初めてエステの店を出す時には、6人採用しました。
実はその時は、すごく心が痛んだんですよ。
みんな22~23歳くらいの女性ばかり、
うちで働いていいの?と。
なんだか申し訳ない気持ちでしたね。必死でしたよ。
それからどんどん会社が大きくなって、
彼女たちも店長に昇格してホッとしました(笑)。
美容の仕事がだいぶ安定してきた頃に、
リーマンショックで不景気になりました。
不景気の時というのは、仕事が少なくなる分、
落ち着いて色々と考える余裕が生まれるんです。
何か他にできないかな、と。

ビジネスのポイントは「誰もやっていないことを素早く!」

その時に目をつけたのが、ゲームに関する新しい技術です。
ブラウザゲームという、ダウンロード不要の技術ができて、
中国でも広がり始めていました。
「これはビジネスになる」と考え、まずは2人で事業を始めて
あとは徐々に人を増やしていきました。
当社のビジネススタイルは、海外でゲームを探し出して
それを日本語化して日本で運営するというもの。
当時の日本では、海外のブラウザゲームを持ってくる人などいなくて
そういう意味ではパイオニアだと思っています。
ゲームの準備も整い大手ゲームポータルサイトと交渉したら
すんなりと「いいですよ」と言われて驚いたという経験があります。
まだ6人くらいしかいない会社なのに、
こんな有名な会社が相手にしてくれるなんて、と。
当時は、まだ我々のような会社が少なくて
競争もほとんどなかったからですかね。
要するに、ビジネスは人がやっていないことをやる、
そして早く決断・行動することが重要なのです。
特にIT関係の場合にはスピードが命です。
いかに早く進めるか、スピードとの勝負ですね。

海外に目を向けながらビジネスを展開

ブラウザゲームに関しては、今は中国が凄い伸びています。
システム化しているので、ゲームが量産でき
新たなタイトルが日々生み出されています。
日本だと、1つのゲームの開発に億かかることもありますが
中国ではコストを抑えて開発ができます。
それなら運営に集中した方がリスクが少ないんです。
他社が開発したゲームなら、ニーズに応じて
ここは良い、ここがダメなどと指摘することもできます。
それで運営して売れたら、Win-Winの関係になりますしね。
ゲームを仕事とする私のビジネススタイルの原点は、海外だということです。
なぜなら同じ土台の上で戦うと、強みが発揮しづらいからだと思うんです。
例えば、同じ業界で同じように独立をしていたら、
経験や環境や見ているものなど、資源はほぼ同じです。
そうなると、目先に囚われ熾烈な競争になります。
しかし海外に目を向けると、日本の良い部分や強い部分と、
海外の良い部分、強い部分のギャップが見えてくるんです。
そのギャップを上手く利用すると、ビジネスになるということが分かりました。

売り上げ500億を目指す

現在の売り上げは、グループ全体で60億くらいですが、
目標は500億です。
ただ、事業としてはエステとオンラインゲーム、IT以外に
広げていくことは考えていません。
色々なことをやると失敗しますから。
1つ失敗をすると足を引っ張られてしまって身動きできなくなるものです。
エステに関しては、新しいブランドを作ったり、海外の店舗を増やしていきます。
今は上海に3店舗ありますが、香港にも出したいですね。
日本国内では、ITやオンラインゲームに関して
集客サイトを作るといったことを考えています。

若者へのメッセージ

まずは、大きな目標を持つことが大切です。
もし実現しなくても、もともとの目標が大きければ
良い結果が出るはずです。
それと、周りの環境も重要なポイントです。
私が日本で就職する時に、周りにいた友達は
「絶対に日本で就職したい」と考えている人ばかりでした。
それで皆で励ましあったり慰めあったりして、
結局は全員が無事、就職できたんです。
やはり周りの影響は重要です。 
だから、前向きに取り組んでいる友達の中に入って欲しい。
それは学生時代も、社会人になっても同じです。
活発に動いているグループにいるか否かで
自分自身の人生が変わってくると思います。