代表取締役社長 真鍋 将治

株式会社エヌツーエスエム 代表取締役社長 真鍋 将治

代表取締役社長 真鍋 将治

株式会社エヌツーエスエム
設立 2002年
事業内容
  • ソフトウェア開発
  • インターネット・サービスの企画・開発・販売
  • その他関連事業
    (一般第二種電気通信事業者)
    (一般労働者派遣事業者)
    (有料職業紹介事業者)
会社HP http://www.n2sm.net/

ビジネスの基本を学ぶ

昔から「何かやってみたい」という思いがありました。
一度しかない人生だからやるなら「楽しくやりたい」と考えていました。
実はもともと商社に行きたかったんです。海外にすごく憧れていて、外に出たかった。
でも商社は大変だという周りから聞いていたので、就職先は「大変じゃなくて外にいける仕事」で
何かないかと(笑)。そこで給料も良くてすごくいい会社だと聞いていた「横河ヒューレット・パッカード」に入社しました。
ヒューレット・パッカードは日本進出をねらっていたので、海外に出るチャンスもあるだろうと。

最初はマーケティングを3年半、営業を4年ほどやりました。
そのころはマーケティングという言葉はまだ聞きなれない言葉で「かっこいいな」と思ったんです。
それで入社試験の時に「マーケティング」を希望しました。
でも実際に仕事をしてみると、マーケティングは営業戦略を立てなければならないので大変でした。
営業もやったことがないのに、新卒の人間が営業戦略を立てなければいけない。
営業をやりたくても「まだ早い」と言われる。ようやく希望が叶ったのは3年半後です。
そこで営業の手本となる3人の師匠に出会いました。1人はすごくアグレッシヴなタイプ、
2人目はオーソドックスに物事を進めていく、3人目は匂いを感じて大型案件をとってくるタイプです。
彼は普段、会社にいないんですが、年に1回5億円の案件をとってくる。そういう人たちがいて、
彼らのいいところを吸収していこうと頑張りました。ここではビジネスの基本を学びました。
3000人の会社だから、そんなに大きくはないんですが、営業は営業、技術は技術、総務は総務というように
きっちり分かれていたので、会社の中の基本的な役割だとか、物事の進め方などを学べたと思います。

退職の理由

入社した時にできる限り高い地位に就きたいという思いを抱いていました。
入社式の時に「日本から日本の社長を出すのではなく、本社の副社長レベルを出したい」という
ことを説明されたんです。そこで「よし、俺がそれを目指そう」と。そう思ってひたすらに頑張りました。
でも上にはすごい優秀な人たちがたくさんいたんですね。
8年ぐらい頑張って、30歳くらいになると、その7、8コ上にはまだすごい人たちが大勢いる。
この人たちを抜くのに10~15年かかっていては本社の№1にはとてもなれない。
ここに15年も費やしていては駄目だと思いました。ハードのコスト競争も激しくなってきた頃で、
コスト管理がものすごく厳しくなってきた。このままではもたないな、ハードは今後ちょっと厳しいだろう、
と思ったのが、退職を決めた理由です。それに将来独立を考えた時に、大きな会社にいると、
一部署しか経験できません。小さい会社であれば、独立した時には全てをわかっていなけばならない。
そう考えて転職を決意しました。

ソフトウェアの時代

転職した会社はインターネットのブラウザを作っていた有名な会社(ネットスケープ)で、
日本法人は20人くらいしかいませんでした。1997年です。
もうハードは駄目だ、と思い始めていたので、これからはソフト会社で、できるだけ小さな会社にしよう
とこの会社を選びました。20人の会社だったので、見積もりのフォーマットでさえ、自分たちで
作らなくてはいけなくて、いろんなことをやりました。
ここではソフトウェアの基本ビジネスを学べたと思います。本当にベンチャーですね。
また外資系の特有の厳しさも知りました。結局、AOLに買収されてしまうことになるのですが、
そこで社長が会社を辞めて新しいネットワークの会社を日本で作るというので、
ユーユーネットジャパンという会社に移りました。ここはアメリカの子会社でした。
自分としては、ソフトウェア、ハードウェアをやってきたので、ネットサービスが学べることと、
尊敬できる経営者に声をかけてもらったということで、転職を決意しました。

ゼロからの起業

ここで実感したのは新設企業の厳しさです。アメリカ、世界でも№1のインターネットの会社でした。
ネットワークの大元を持っているので、そこのネットワークに入れば全世界につながるんです。
でも、絶対売れるといわれていたのに、6ヶ月くらいはまったく売れなかったんです。
ゼロから組織も作らなければならない。そいう大変さを感じましたね。徐々に信頼してくれる人が増えて、
そこから業績は上向いていきました。3年目には100億円くらいにはなっていました。
ただ、ユーユーネットはインターネット業界ですごく伸びていたのに、親会社が手を広げすぎて、
経営が危うくなってしまった。結局、子会社と一体化してしまいます。
ここまでがサラリーマン時代の話です。この時代に学べたことは、立ち上げの厳しさや
ハード&ソフト、ネットワークのノウハウ、企業向けビジネスの基本ルール、尊敬できる経営者や
先輩からのスキル吸収、社内業務の理解、などでした。そしてついに2002年の9月に起業をしました。

10年後の自分を描く

経営で大変なことは、継続した仕事を常時受注することだと思います。創業当時のベンチャーは大変です。
最初はちょっとお金があるけど、いろいろと初期投資に使っていくとだんだん資金がなくなっていく。
ベンチャー企業にとって夢を追いかけることは必要ですが、でも社員全員の生活もあるから
しっかりと利益もあげなければならない。夢と現実のバランスを保つことが重要なんだと思います。
それから当社で必要な人材は「自分で考えられる人」です。当社みたいに小さな会社だと受身では厳しい。
自分でこうすべきだと考えられる人間、何をやっても自分自身のスキルで食べていける人がいいですね。
大企業でもそうですが、ベンチャー企業はいつどうなるかわかりませんから。

会社に入るにあたっては、5年後、10年後の目標を持っていることが大事だと思います。
企業が何でも教えてくれるわけではありません。目標があれば、5年後、10年後に向けて、
自分が今、何をやらなければいけないかが考えられる。面接の時はいつもその質問をしていますね。

目指すは世界へ

会社の目的としては、ただ面白いだけではなくしっかりと儲かるビジネスをやること、
人がやっていないことに挑戦していきたいですね。
まず、ベース・ビジネスをきちっと作って黒字を確保していくことが一つ、、自社プロダクトで
システム構築を行うことが二つ、そしてこれからは日本がさらに厳しくなると思うので、
アジアへの進出を目指す、この三つを柱としてやっていきたいと思っています。
海外から日本に来ている人はたくさんいるけど、その反対のことができる人は少ない。
非常に難しいとは思いますが、将来的にはそれができる会社を目指したいと思います。
アジアもまだ誰も行ってないところがいいですね。企業理念としては、お客様が満足してくれる
サービスを作って、世界に広げていく。それらを考えながら、世界に通用するものを作っていきたいです。
足下の目標として、今、力を入れているのは、オープンソースを使って良いものを低コストでお客様に提供すること。
世の中に動きに合わせてまた違うものを考えていくかもしれませんが、今、取り組んでいるのは
そういうプロダクトです。それから東日本大震災の被災企業様の復旧・復興に向けて、
私たちにも何かできないかということで、現在、CMS導入サービスを無料で行わせていただいています。
もし、被災地でホームページが更新できない、ということなどがございましたら、ぜひ、ご利用いただきたいですね。