代表取締役社長 薬師寺 祥行

株式会社シークレットテーブル 代表取締役社長 薬師寺 祥行

代表取締役社長 薬師寺 祥行

株式会社シークレットテーブル
設立 平成20年(2008年)12月10日
事業内容
  • 飲食店経営
会社HP http://www.secret-table.com/index2.html

音楽を志した20代から、30歳で飲食の道へ

大学時代は音楽とアルバイトに明け暮れる毎日でした。
音楽で身を立てたいと思っていましたから、就職活動にも真面目じゃなかった。
結局大学時代にアルバイトをしていた電話加入権の営業の会社にそのまま就職し、
その傍ら音楽活動を続けました。
そのあと音楽関係の制作会社に勤めたり、
その他にもハウスクリーニングやカラオケ店などを経験しました。

しかし30歳になって、さすがにそろそろ音楽は潮時だなと思った(笑)
そこで初めて飲食業界に就職します。
ただ、とくに飲食の仕事に思い入れがあったわけじゃない。
資格もなく際立った経験もない僕には、そこしか入れるところがなかったんです(笑)

35歳の時、ダイヤモンドダイニングに入社しました。
当時はまだ4店舗くらいのベンチャー企業で、
店長、エリアマネージャー、営業本部長と順調にステップアップしていきました。
ちょうどダイヤモンドダイニングも、出店ラッシュで成長していく時期だったので、
それに合わせていろいろな経験をさせてもらえたのだと思います。
そこでの働きが認められて、シークレットテーブルの社長を任されたのです。

社長とはなんぞや

僕は別に社長になりたいとか、独立したいという思いで仕事をしていたわけではありません。
組織を作っていくことや会社の業績を伸ばすための力になることには興味がありましたが、
自分がトップに立ってこうしたい、というのはなかった。
だから社長になれと言われたときには、嬉しいような…複雑でしたね(笑)
ただ、プレッシャーはもの凄くありました。

というのも、僕がそれまで見てきた社長の姿というのは、まるきりスーパーマンのようでした。
やっている仕事もよく分からないし、
でも人を率いていく力や、外に向けたアピール力は、すごいものがあった。
長く身近で見てきたダイヤモンドダイニングの松村はさらに想像力と行動力、スピード感が群を抜いていた。
そして会社を率いていく力やオーラというのは、
僕がそれまでやってきた会社の内側に対する仕事とは、まったく違うものだった。
だから正直、自分はそういう風にはできないな、と思ったんです。
けれど自分の中では、求められているのはそれまでと同様、
店舗の利益を上げることだという認識があった。
ですから営業本部長のときと特に意識を変えることなく、就任式もなく、
それまでと変わらぬスタンスで社長としての業務をスタートしました(笑)

とは言え、課題は山積みでした。
利益体質化することが最重要課題ではありましたが、
ダイヤモンドダイニンググループと統合直後でしたので、
社員のモチベーションにも気を配らなければならなかった。
統合された側にはどうしても敵愾心みたいなものが生まれるし、退職者も多くなる。
そこを前向きになってもらえるよう配慮しながら、
しかし利益体質化のためにはある程度は強引なこともしていかなければいけない。
そのバランスを取るのに苦労しました。

自分の中で“社長像”というものは持っています。
時には威厳というものも要かと思いますが、
自分は現場人間ですので社長のポジションに就いても、特にやり方を変えることはありません。
良くも悪くも「答えは現場にある」と思っています。
現場のスタッフとコミュニケーションを取り、お店と会社を創り上げていくのが自分のスタンスですね。

飲食業は商売の原点

飲食業はとてもプリミティブな商売だと思います。
ただ単に物を売るだけでなく、お客様が食事をされる約2時間の間、
顔色を見ながらその都度対応を判断していかなければならないので、
神経もすり減らすし、気持ちも入っていなければ務まらない。
人ありきというか、非常に人間臭い、泥臭い商売なのです。

一日なん百人と言うお客様と相対するわけですから、
もちろん人が好きでなければこの仕事はやっていけません。
そして体力的にも精神的にもとても厳しい業界ですから、
お洒落な感じだとか華やかな感じだからという軽い気持ちだと、絶対に続かない仕事です。
10ある仕事のうち8か9ぐらいは地味な内容の仕事だったり、
やりたくないなと感じるような仕事だったり、つらい仕事だったり。
毎日、「辞めたい、辞めたい」の繰り返しです。

しかしなぜ、それでも続けられるのか。
それは、情熱があるからです。
人に喜ばれるのが好き、食べることが好き、人間性を磨きたい…
そうした、なぜ飲食業をやりたいのかという確かな動機があるからこそ、
この仕事を続けられるのです。
そしてまた、10の内の1か2のその素晴らしさを感じられること。
それはたとえば、お客様から「美味しかった」「楽しかった」「ありがとう」といった
ダイレクトに返ってくる反応に大きな喜びを感じられる人でなければ、
この仕事は単に辛いだけのものになってしまう。
確かな動機を持ち、わずかだけれど本当に大切なその素晴らしさを
感じられる人ならば、この仕事はとてもやりがいのある仕事になると思います。

座右の銘

「強いものでなく、賢いものでなく、変化するものだけが生き残る」

進化論で有名なダーウィンの言葉です。
外食業界はもちろん、世の中は非常に移り変わりが激しい。
朝言ったことが夕方にはもう変わっている、なんてことは珍しくありません。
そんな中では、柔軟性をもった人間でなければ生き残ってはいけないのです。

たとえば外食産業の客単価は、年々下落傾向にあります。
企業は確立したブランドとその成長モデルを、市場に合わせて進化させる必要があります。
時代とともに変化するお客様の値ごろ感に合わせていかなければいけないし、
逆にそれを上回る価値を提供していかなければ、
強豪ひしめく中で選ばれるお店にはなり得ないのです。
そしてさらに、柔軟でありながらも揺るぎない信念を持つこと、
これもまた必要とされているのではないかと思います。

道はひとつではない

僕の商売観として、基本的には人の嫌がることをやるからお金を頂ける、と思っています。
ですから辛いこと、苦しいことは当然ある。
夢や希望を抱いて社会に出た人が、そんな厳しい現実に直面し、
苦労したり打ちひしがれたりすることがあると思います。
でも最終的に自分がなりたい人物像、叶えたい夢が自分の中でぶれていなければ、
どんなに迂回しても、そこにたどり着く道はあるのです。

僕も30歳で飲食業界に入る前にさまざまな仕事を経験しましたが、
一見いまの仕事とは関係のないそれらの経験が、
実はいまの僕の価値として、すごく活きていると感じます。
たとえば、音楽関係の制作会社でテロップを作った経験が、
いま店舗のポスター作りのレイアウトを指示するときに役立っていたりする。

ですから、まずは最終的な夢や目標をきちんと持つこと。
そして月並みですが、ひとつひとつのことを真面目に努力してやっていけば、
必ずそこにたどりつく道は開かれると思います。