代表取締役社長 橋爪 敦哉

株式会社ヘルムート 代表取締役社長 橋爪 敦哉

代表取締役社長 橋爪 敦哉

株式会社ヘルムート
設立 2003年
事業内容
  • コンサルティング関連事業
    動画マーケティング事業
    各種受託・企画・制作サービス
  • 運営コンテンツ&メディア開発事業
    動画広告.com(http://www.dougakoukoku.com/)

船場商人と中国商人の血を引き継ぐ

私は、船場商人と台湾華僑の血を引き継ぐ根っからの商売人ですが、
父は大手商社のサラリーマンでした。

“商売人血を引き継いだのだから、自分もサラリーマンをしたら、
商売人としていつか会社を起こそう”と学生期より起業を意識していました。

日本と他国の違い

18歳のころ中国へ1年間留学をしました。
そこで、留学で来ている日本人と他国の人の意識レベルの差を感じたのです。
私達は半分観光気分で来ているのに対し、
「自分の国を良くするために海外の良さを学びたい」
他国の人たちはそれを目的に留学に来ている。
その事実を知ってからの大学生活は勉強に没頭しました。
「このままじゃ、日本は確実にダメになる」そう考えるようになり、正直焦っていましたね。
勉強といっても、知識を蓄えるだけでなく、大学生活の半分は海外にいるくらい
とにかく色々な国へ行き、自分の目で世界の現状を沢山見てきました。

学生時代に立ち上げたプロジェクトがキッカケでベンチャーへ

別に小さい会社で働きたいと考えていたわけではありません。

私は“誰と働くか”を重視しており、内定をもらっていた会社もコンサル会社でした。
そこのリクルーターのリーダーに魅力を感じ、入社をしようと思っていたのですが・・・
早いうちに内定をもらっていたので、
インターンとしてある企画のプレゼンをベンチャー企業で行ったんですね。

そうしたらその企画が実際に動き出すことになり、私がその責任者として
プロジェクトを進めることになりました。
自分がキッカケとはいえ、学生生活が終わったら、プロジェクトからは抜けようと考えていました。

ただ、その時リクルーターの方に言われた一言を思い出しました。

「自分の信念に基づいて行動せよ」

初志貫徹、そして担雪埋井が私の信念です。
自分が始めた企画なんだからやり抜くべき。そう考え、
そのままプロジェクトリーダーとしてベンチャー企業へ入社。
インターン時代を含めそこでは2年働き、24歳で独立しました。

24歳で独立をしなければならなかった理由

みなさん、2年間働いて独立って早いと思いますよね。
実はこの時母が体調を崩し、そばにいてあげる必要があったんです。
なので、会社を辞め、自分の好きな時間に働くことができるSOHOで、
企画をメインとしたヘルムートをスタートしました。

株式会社ヘルムートが目指すもの

私たちが経済面において行っていることは、クリエイティブソリューションです。
日本人の素晴らしい「脳」と「心」を活用した問題解決型思考提案を行っています。
デザインだけではありません。アートもサイエンスもすべてクリエイティブです。
その「脳」と「心」を活用すれば、なんでもできちゃいますね。
それをまずは、動画マーケットで展開しています。

そして私達が社会面において意識していることは、“一つでも多くの仕事を生み出す”こと。
「仕事を創り、人を創り、世界を創る。」が当社が存在する意義と責任だと思うのです。

ただ、雇用を生み出すためにはスポットでは成立しないので、継続的に仕事が発生するために、
仕事を取りに行くのではなく、生み出すためにマーケット創造を積極的に行っています。

まずは、動画マーケットの世界を創ります。
お楽しみに。