株式会社ベーシック 代表取締役 秋山 勝


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代表取締役 秋山 勝

株式会社ベーシック 代表取締役 秋山 勝

株式会社ベーシック 代表取締役 秋山 勝

株式会社ベーシック
設立 平成16年3月
事業内容
  • インターネットメディア開発・運営
  • Webマーケティング支援
  • SEO施策支援
会社HP http://www.basicinc.jp/

学生時代、「社長」なんてことは考えていませんでした

私は、学生時代に起業をするなんてことはまったく考えていませんでした。
むしろ「働く」ということに前向きではなかったのです。

ちなみに、中学の頃勉強ができなく、しかも太っていたこともあり、いじめられていました。
多勢に無勢で本当にひどいことをするなと思っていたのですが、
逆に、そこまでされると周りがよく見えてくる自分がいましたね。
客観的に、いじめには中心人物と、その周りに属する人間と、
あと無関心な人たちがいるということを考えたりしました。
悔しいと思う気持ちと、自分に対してふがいないという気持ちの両方がありました。
それでも学校に行き続けたのは、中心人物の周りに属する人間に負けるのが嫌だったからです。
意思のない人間に負けたくなかったんですよね。

高校に進学してからは身長も格段に伸びたので、見た目も変わっていきました。
それと並行して自然といじめも減っていったのです。
いじめで学んだことは、人は表面的に見えるもので判断することがある、ということでした。
人が嫌がることはやってはいけない。
その認識は社会に出てからも強く持っていますし、他人よりも神経質に感じている部分だと思います。

少し話が反れましたが・・・

過ごす環境に多少の変化はあったものの、
「何かに頑張る」ということは相変わらずできておらず、高校卒業後は、
大学へ行かずに、パチンコをしながら生計を立てていました。
勝ったり負けたり、結局のところギリギリ生活できるお金しか手元に残らない生活を
5年続けていく中で、だんだんと虚しくなっていく自分がいました。
自分のやっていることが人に誇れるものではなかったからだと思います。
それはもっというと、周りのように働きたいと思っていることの裏返しだと気づいたんです。
その時すでに23歳だったんですけれども、一念発起して就職することに決めました。

働く上での土台の大切さを認識

就職をする時に、改めて自分の人生を思い返しました。
そこで、すごく怠惰な23年間を送ってきたことに気づいたのです。
食べたい分食べたから太って、勉強したくないから勉強もせず、パチンコをやりたいからやる。
そういう自分と決別したいと思いました。
ですから、就職をするときには自分の主張はまず全部なくそうと思いました。
せっかくお世話になる会社だから、誰にも何にも文句を言わずに1年は頑張ろうと決めました。

就職した会社は、創業17年ながら社員が5人しかいない商社でした。
そして、この会社は離職率が高く、ハードワークを強いられるところだと入社してすぐに気付くことに。
神経的にも参ってしまう部分もあって、会社のドアを開けようとすると、怖くて手が震えてしまうような日もありました。
それでも学ぶことはたくさんあり、私のような人間には
社会に出るリハビリのようなものになったので、結果的には良い選択をしたのだと思っています。

仕事内容は営業でしたが、決まっている商品はなく何でも売っていいという仕事でした。
初めて社会に出た身で、いざそう言われてもどうしたらいいか戸惑う部分はたくさんありました。
しかし、やれと言われれば人はやれるものなんですね。
結果的には、家の表札や檜風呂、焼却炉、最終的には物ではなくて運動会の企画まで売っていました。

振り返って思うことは、与えられたものに対してこれはできないと投げ出していたら
きっとそこで働いていくことはできずに終わっていただろうということです。
私は何があっても辞めないと決意していたので、なんとか辞めずに頑張りました。
しかし、売れるものを決めてくれない会社じゃ働けない、そう言って辞めていった人もいました。
それを見た時に、人が働くうえで土台となる物は必要なんだということを思いましたね。

人と働くということを考えた時期

2社目の会社は、ネットバブルの中で上場を目前にした会社でした。
結果的にバブルがはじけて上場はできなかったのですが、
そこで学んだのはお金の切れ目が、人との縁の切れ目になってしまうという現実でした。
つい昨日までクライアントへの提案を熱く議論していたはずの仲間が、
次の日には辞めてしまうような状況が続いていたのです。

一方で、上場もできなくなり、大変な時期にも関わらず、夜遅くまで残って
せめてお客様には迷惑をかけない形で仕事を終わらせようと、必死に働いていた人たちがいたのです。
まだ事業を興そうとは考えてはいませんでしたが、純粋に「一緒に働いていくべき人間は
こういう人たちなんだ」ということは教えてもらったように思います。

自分を後押しした幸せな環境

3社目に就職したのは、インターネット広告代理店でした。
その会社は上場企業で社会的基盤はしっかりしており、
サラリーマンとして働くには良い環境でした。

そんな中、なぜ起業に至ったかをお話します。

営業マンとしても成績を残し、少なからず会社への貢献はできていたとは思います。
会社のことを想うからこそ、私は「今何をすべきか」を常々考えていました。
しかしながら、やるべき事業を提案しても、
会社の方針に合わなければ実現することができない。という現実に直面してしまったのです。
それと同時に、当時の自分がとても満たされていた状況だったことにも大きく影響されました。
ちょうど1人目の子供が生まれて、2人目も授かった時期で、
これから先の自分は人生に対して何を考えていくだろうと真剣に考えました。
その時、やりたいことがあっても引き延ばせば引き延ばしただけ保身に走るんじゃないかと思ったのです。

このことから、「今やらなければいけない」

そう想い、2004年に株式会社ベーシックを設立しました。

自ら疑問を持って思考する人間と働きたい

私がこれまで生きてきてずっと原点にあるのは、まず「なぜだろう」という疑問を持つということです。
その疑問を持てないと、社会人として成長することも難しいですし、未来を開いていくことも難しいと思います。
新卒で就職活動をしている学生は特にそうです。
人生で1回しかない新卒入社の時期に、疑問を持って自分の人生を振り返れないような人間では、
その先の長い人生をしっかりと過ごしていくことはできません。
勉強ができなくても、ずば抜けた才能がなくても、
常に何かしらの疑問を持って取り組むということが大切なのです。

社内の話になりますが、私は、そう取り組もうとしている人にはしっかりと向き合っていきたいと考えています。
私の絶対ルールとして、自分が部下だったら上司にしてほしいことをする、ということを決めています。
ですから今まで経営をしてきて、自分から人を見放したことはありません。
ただ、思考するということは常に求めていますし、ぬるま湯のような環境を用意しているということもありません。
会社と社員がお互いに選択し合う関係が理想としてあります。
会社の都合で働いてもらいたいとは全く思っていないですし、人生の貴重な時間を投資するなら、
しっかりと自分の為にそれが帰ってくるような仕事の仕方をしてほしいのです。

私たちベーシックは、そういった判断ができる人と働きたいと考えています。

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