代表取締役 宮原 智将

代表取締役 宮原 智将

設立 2006年7月10日
事業内容
    • オウンドメディア構築支援
    • コンテンツ・マーケティング支援
    • 自社メディア運営
会社HP http://www.estyle-inc.jp

歴史にスクラッチを

司馬遼太郎の『国盗り物語』を皆さんはご存知でしょうか。
あの話に出てくる斎藤道三。
私の起業への想いは、彼へのあこがれから始まりました。
当時中学生だった私は、「彼のような太い人生を自分も送りたい」と、素直に思ったのです。

少しでもいい。自分も歴史にちょっとしたスクラッチ(生きた証)を残したい。
そう考えたのです。

それでは、どうしたらそのスクラッチを残せるでしょう。
私が考えた選択肢は二つ。
一つは政治家になる事、もう一つが経営者になる事でした。
ただ、政治家というものはどうやら様々な根回しが必要な職業らしい。
その様な事が苦手だ。
そこで私が選んだのが、経営者という道であったのです。

経営者は正攻法で歴史にスクラッチを残せる人物。
そう考えたからこそ、この経営者を目指す事としたのです。
斎藤道三から学んだ太い人生を送る為に。
そこから私の起業意識は生まれています。
とはいえ、会社が今の状態になるまで、決して順調な道をたどった訳ではありませんでした。

高校から飲食業界へ

少し、中学高校時代についてお話しいたしましょう。
私は、いわゆる「お受験」を経て、とある国立の小学校に通っていました。
その流れで、進学校である付属の高校へ進学。

しかし、その時代の私は絵にかいたような、無気力高校生の生活を送っていたのです。
夜はゲームセンターにいき、昼はずっと寝ている。
ろくに学校にも行かない生活を送っていました。

しかし、その中でも起業意識は失っていません。
高校を卒業したら最短で経営者になりたいと考えていたため、大学への進学は選びませんでした。
始めたのは、とあるイタリアンレストランでのアルバイト。
キッチンやホールのアシスタントの仕事をしていたのですが、どうも思う様にお金がたまりません。
そして半年ほど経ちました。

それだけ経って、ようやく料理に情熱がわかない自分に気づいたのです(笑)
飲食業界にいる方々は、みな
「どうやったら、パスタが昨日よりも美味しくなるか?」ということを毎日考えている人たちです。
そんな中、私の居場所はないように感じました。

一度挫折を味わった私は、いわゆるニートとなります。
再びゲーセンへ向かう日々。
ゲームの腕はどんどん上がれど、当然展望は開けません。
髪の毛が薄くなるほど(笑)悩んだある日、私に転機が訪れます。

出来の悪いコンサルタントへ

久しぶりに高校時代のメンバーと麻雀を打ちました。
そして東大早慶などの有名大学に入学した友人たちが、
楽しそうに将来を語るのを目の当たりにしました。
「このメンバーが、いずれ日本を動かす人になっていくのか」と感じたのです。

「今からは遠回りかもしれない。でも大学進学からやり直すか。」
そう思いなおした私は、一念発起し勉強に集中します。
半年の猛勉強の結果、慶応の経済学部に入学。
友人に遅れること3年。
「目標に向けて努力する」ということを、初めてやり遂げた体験でした。

在学中は引っ越しから塾講師まで、様々なアルバイトを経験しました。
そんな大学三年の日、とある会社が学生向けの企画のDMを送ってきました。
学生たちをシドニーに連れていき、5日程の滞在で、学生視点のビジネスを考えようというのです。
200人以上の応募の中、8つしかない椅子を獲得し、シドニーへ。
その期間中多くの社会人の方々と交流させて頂く機会がありました。
そこで私はコンサルタント業界というものを知ることになります。

そのきっかけもあって、コンサルタント業界に就職。
正直に言って、私は出来の悪いコンサルタントでした。
東大出身の人たちに囲まれて、頭の回転の遅さを痛感する日々。
打ち合わせ中に居眠りしてしまい、始末書を書いたこともありました。(汗)
そんなこんなで、決して良いコンサルタントとは言えませんでしたが、
「経営とは」というものを学ばせて頂いた貴重な時間でした。

死に際に何を思うか

そのコンサルタント会社で3年と4か月。
その期間を経て、私はようやく起業を決意します。
知人から、そして銀行から借金し、
小さいエステの店舗を構えたのが、エスタイルの始まりでした。
今とは全く違う業種ですね。

しかし、経営は厳しいものでした。
コンサルタントを経て、経営を分かった気になっていた私は、次々と課題にぶつかりました。
特に苦労したのが、「感情的に訴える」という点です。

エステサロンで採用した社員たちは、社長に対して「ロジカルな説明」よりも、
「心に響く情感のコミュニケーション」を求めていたのです。
ロジカルシンキングにすっかり慣れていた私にとっては、非常に苦手な分野。

「社長の言葉は、数学の公式を聞いているみたいで、ぜんぜん頭に入ってこない。」
社員が私に言ったこの言葉が、とても重くのしかかりましたね。

結局、開設して一年半ほどで売却を決意。
残ったのは借金でした。
郊外のマンションが一戸買えるほどの金額です。
フリーのコンサル業務を行いつつ、借金を返していきました。
毎月80万円ほどを稼いで、60万円を返済する。
そんな生活をしばらくするうち、
「もう二度と起業なんてしない。自分には向いていなかったんだ。」
という後ろ向きな結論に染まっていったのです。

しかし、借金完済の目途が見えてきたとき、徐々に心に余裕が出てきました。
「なんか、もう一度起業してみたいかも。」
という考えがムクムク湧いてきたのです。

でも、また失敗するかもしれない。

そこで、自分が死ぬ瞬間をイメージしてみたのです。
会社員として堅実な人生を歩んで、そして死ぬ自分。
起業して失敗しながらも、懸命に人生を歩んで、死ぬ自分。

私が望む死に際は、後者でした。
起業に挑戦して、たとえ失敗していたとしても、「次こそは成功してやる」、そう思いたい。
そしてそれが、たとえ死ぬ寸前まで繰り返されたとしても、絶対に後悔しない。
この決意が、私を再度の起業へと向かわせてくれました。

仕事≠労働

第二の創業として始まったエスタイル。
選んだ業界はWebマーケティングの世界でした。
二人で、資金ゼロで始めた会社も、徐々に成長を遂げます。
昨今のコンテンツマーケティングへの注目度が上がったという事も大きな追い風となりました。

これからも仕事を続けるうえで、
私は「仕事を楽しむ」というカルチャーを広げられたら、と考えています。
多くの人は仕事=労働だと考えがちですが、実際はそんな事はありません。

自身のプロフェッショナルな仕事により、社会から必要とされる。
その事に喜びを覚え、さらに自分の仕事をみがく。
そしてまた仕事が楽しくなり、その想いからさらに成長する。

この様なスパイラルを、是非皆さんにも実感してほしいと考えています。
せっかく資本主義の社会に生まれたのです。
向上するという事が自由に追求できる社会に、幸せを感じてほしい。

弊社で大切にしているものの一つが、この「向上」。
その意味で、社員には常にクリエイティブな仕事を追求してほしいと考えています。
業務を理解して仕事がルーティンになったなら、
すぐに部下やアルバイトさんに業務を渡して、自身は新しい仕事に挑戦する。
自身の仕事をとおして、常に向上を感じられる環境をつくっています。

身の丈以上の仕事を。

弊社が一番に大切にしている事。
それは「人間成長」です。
「仕事をとおして人間を磨く。」
これが何より大事な弊社の経営理念です。

この理念に共感し、志向する人と共に働きたいと考えています。
いまはミドルマネジメント限定ですが、
寺で座禅をするなど、特徴ある研修も取り入れ始めました。

今、成長という言葉が出ていましたが、
皆さんが求める安定とは、実は「成長」にこそあるのではないかと私は考えています。
大手企業に入る事が本当に安定なのか、もう一度考えてほしいのです。
全ての会社は、いつしか倒産するリスクがある。
そしてそのサイクルはだんだん短くなっている。
今日の大企業が10年後、20年後も元気かは、誰にも分からない。
そして、国に頼ることもできない。

そうなると、本当の安定は、「自分自身に実力をつける事。」
これに他なりません。

実力をつけて成長するためには、常に身の丈以上の仕事をすること。
その視点で、ぜひいまの若い人たちには
「厳しくも、やりがいのある会社」を選んで欲しいと思います。

多くの若い人たちが、楽しんで仕事ができて、
真の安定につながる「実力」を身に着けられることを、願っています。