代表取締役 木村奈実枝

代表取締役 木村奈実枝

設立 1997年4月17日
事業内容
    • 広告代理業、各種イベント企画・運営、コンパニオン運営管理業務
    • 請負業務、飲食店運営
会社HP http://www.heartful-c.co.jp/index.html

アテンダントで培ったホスピタリー精神とリーダーとしての才覚が起業のきっかけ

父も経営者でその姿を見て育ちましたが、経営者になりたいという考えは全く持っておりませんでした。

社会人となり一流ホテルでのアテンダントとして働き始めました。
その後ごく普通に結婚・出産という過程を経て仕事を辞め
そのまま家庭に入るものと思っていました。
すると、勤めていた会社のメンバーから一緒に起業の道を目指そうと打ち明けられたのでした。

まだ子どもも小さく、仕事なんて満足にできないだろうと思っていましたが、
メンバーからの強い説得により、半ば押し切られる状態で踏み込んでしまったのです。

当初、私はなぜ自分の力が必要なのか、理解できなかったのですが、
メンバーは、私の職業柄ゆえのある能力に、才能を見出していました。

当時の私の仕事は、
イベントやパーティ会場を盛り上げ、
企業間の潤滑油のような役目を果たしていました。
企業の周年パーティや、取引先へのご招待、発表会など、節目の行事のときには必ず重宝がられ
政財界、経済界と活躍させていただいているうちに
企業の重役と顔なじみになることで、
ひとりひとりの嗜好を把握し、完璧なおもてなしができるようになっていました。

日本にはアメリカのようにご主人のお客様を奥様がおもてなしをする、
という習慣がありませんでしたが、
東京五輪を境に、ホテルオークラや帝国ホテルといった、
有名ホテルの宴会場で企業対企業の接待が頻繁に行われるようになってきたのです。
ここでの一流の接遇を任されていたのが現在のアテンダントでした。
そしてたちまちそうした文化が広まっていったのです。
この仕事で培った、
名だたる企業との人脈、場に応じ臨機応変な対応ができる、という柔軟性を高く評価された私は、
その才に気付かぬまま起業の道に進んだのでした。

カフェ事業から独立を決意

最初の起業は、私を含めた3名でのスタートでした。
社長は、もうひとつ芸能関係の会社の社長でもありました。

有名な俳優も所属しており、順調に経営をしているようでしたが、
実際に活動できるのは、残り2名だけ。
それまで、オフィスワークはあまり得意ではなかったのですが
必要に迫られ何とかこなす毎日が続きました。
銀行とのやりとりや精算関係といった庶務までも担当することになり、
悪戦苦闘の毎日でした。

アテンダントの仕事は会場以外でお客様と接触することは固く禁じられていましたが、
起業してからは、仕事の獲得のため、営業をしなくてはならなくなりました。
独立したことをフックに、
おもてなしをしていた各企業に連絡を取り、
ごあいさつに伺うようになりました。

そんな中、ある企業が自社ビルを立て直す、というお話を聞きつけ
カフェ運営のご提案をさせていただいたのです。
多種多様なお客様が出入りするビルでしたので
この提案にとても興味を持ってくださり、
カフェ運営を任されることとなりました。

業界トップシェア企業の事業のひとつを任されることが決まったとき、
アテンダントの仕事とは全く違ってしまうこと、
そこに全力を投入できないジレンマに悩み
「この事業は、自分で独立してやるべきだ」と決意しました。

ちょうどそのとき、仲間同士で起業したものの、
社長はほかの事業で忙しく、
自分の立場に違和感を覚えるようになっていたこともあり、
個人で別の仕事をしていた主人を巻き込み、
新しく会社を立ち上げることにしました。
これが、「ハートフルクリエーション」設立のきっかけです。

仕事には、無限の可能性が秘められている

ただカフェをやっていくだけでは、会社として成り立ちません。
すると、今度はある広告代理店の社長から、
不動産のセールスプロモーションの仕事の依頼を受けるようになりました。

これは、当社の現在の主軸としている事業です。
最初は、マンションのチラシのポスティングや、
モデルルームの案内板の看板持ちといった仕事から始まりました。

そうした業務を重ねていくうち、
エリア別にあらゆるセールスプロモーションを提案できるようになりました。

それまでの実績から積み重ねた経験をもとに、分析を行い、
次回以降の仕事に生かしていくという姿が評価され、
次第に様々な販促やPR業務へと広がっていきました。

これまでは、商品を「売る」ということを重視したプロモーションが中心でしたが、
現在ではマンション購入者の居住後のコミュニティ形成のためのイベントや、
マンションの長期居住者の方に対し、
そのマンションの良さを再認識していただけるようなプロモーションなども手掛けています。

仕事には、無限の可能性があります。
自分で道筋を立てても、その計画どおりにいかないこともあります。
だからこそ、ありとあらゆるところに目を向け、
チャンスは絶対に逃がさない、
といった姿勢が大切です。

自分が力を入れたいと考えていた事業とは、
別の事業のほうがうまくいくこともあります。
仕事を進めていくためには、柔軟な体制で挑んでいくことが必要なことだと考えています。

仕事を通じて「サプライズ」を提供する

イベント事業は初期投資が少ないことから、
新規参入しやすく、同業他社は数多く存在します。
そんな中で、当社が実績を積み重ねてこれたのは、
イベントを成功に導くため、スピーディかつ柔軟な仕事を徹底しているからだと考えています。

イベントは集客の高い土日に行うことが多いのですが、
イベント終了後の日曜日の夜にミーティングを行い、
翌月曜日には、今回のイベントの反省を生かした、
次回以降の企画をクライアント側に提出します。

そのため、回を重ねるごとにイベントが進化し、
通り一遍なイベントとはまったく違ったものになるのです。
こうした期待を超えるような「サプライズ」を提供することこそ、
当社のこだわりです。

イベント業を手掛ける以上、
社員には人に喜びを感じていただけるような企画をプランニングしてもらいたい、
という思いがありますので、
その発想の根源となるようなことを、実際に体験してもらうようにしています。

本やネットで見つけたような机上の空論ではなく、
経験に基づいた、リアルな企画こそが
感動や喜びを生み出すことができるのです。

私自身も、「サプライズ」がとても好きで、
社員が喜ぶ顔を見ることが、私のやりがいにつながっています。

例えば、社員の誕生日には、バースデーケーキを用意したり、
研修に行くと見せかけ、
バスを貸し切りミステリーツアーのように仕立ててディズニーランドに連れて行ったりなど、
私自らが社員に対して「サプライズ」を仕掛けています。

年齢や性別を越え、みんなで楽しいことをする

当社は、社員の考え方や気質はバラバラですが、
「みんなで楽しいことをする」という考え方は、
全社員が持っています。
年齢や性別を越え、楽しい時間を一緒に共有できる仲間たちである、
というのが当社の特長です。

オフィスは風通しの良さを意識し、
私の部屋は常に開放して、いつでも社員が相談に来れるようにしたり、
部屋の壁の上部を空洞にすることで、
ほかの社員のやりとりも聞き取れるような環境にしたりしています。

社員同士が他人の業務に無関心、というのではなく、
一体感を持てるような組織づくりを意識しています。

わたしは社長ではありますが、
社長だからと偉そうにするのではなく、
業務終了後には一緒に食事に行くなど、社員と近い距離間で接しています。
言うときはしっかり指導し、仕事が終われば和気あいあいと。

そうした姿勢が受け入れられているのか、
現在当社に登録しているスタッフは、当社の社員のご子息・ご息女やお孫さんが数多くいらっしゃいます。
家族で当社に関わりを持っていただいているのは、とても光栄なことですね。

継続は力なり

会社を立ち上げて、一番苦労したのは、
1997年の創業当初、人材を事業とする会社がなかったため、
登録スタッフを探すことでした。
インターネットや携帯電話は普及していなかったため、
人と連絡を取るのにも一苦労です。

しかし、現在もこうして事業を続けられているのは、
結果が出なくても諦めることなく、
「続ける」ということにこだわってきたからです。

継続は力なり。
当社に登録している学生スタッフたちも、
最初は敬語さえもままならなかったのが、
学年を重ねるごとに、言葉遣いやふるまいが段々と大人に近づいていくのをずっと見守ってきました。
最初はうまくいかないことでも、続けていくことで形になっていくのです。

また、周りの人に恵まれるような人間こそ、活躍できる人材となります。
まずは、自分から発信していかなければならないと思います。

コミュニケーションは、自分から手を広げていかなければ、その先は広がっていきません。
門戸は広く開け、あらゆるところに関心を持ち、自分から進んでいくことで
人間関係は生まれていきます。
最初の一歩を自分から踏み出すことで、
人とのコミュニケーションが生まれ、
どんどん情報が入ってくるようになるのです。