株式会社ビリー・バルゥーズ・ジャパン 代表取締役 高野行男


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代表取締役 高野行男

代表取締役 高野行男

設立 1993年10月
事業内容
    • 直営店運営 Billy Barew’s Beer Bar
    • 店舗開発、飲食店コンサルティング
    • レストラン運営受託事業
    • 人材派遣事業
会社HP http://www.bbj.ne.jp

「やられたらやり返す」そんな気概で会社を継いだ。

それまでサラリーマンだった父親が、
ある日突然脱サラして起業すると宣言しました。

当時53歳ぐらいだった父親は退職金をつぎ込み、
知人のやってみればいいんじゃないか、という言葉の通り、
それまでとは異種分野の「アパレル」で事業をスタートさせたのです。

その当時アメリカに留学をしていた私でしたが、
その話を聞きつけて猛反対しました。
どうして今頃になって起業をするのだ。
しかも全くこれまでとは違う分野であるアパレルなんて…。

退職金の全てを注ぎ込むとは、
だまされているのではないのかということばかり考え、
心配で心配でなりませんでした。

今頃そんな苦労することない。
体調でも崩したりしないだろうかと本当に心配したものです。

その事業のせいというわけではありませんが、
実際に父はその何年か後に1億という多額な借金を残し
病気でこの世を去ることとなるのです。

1億もの借金のあるような会社なんて今後の見通しもないですし、
倒産という形にしてしまおうとも思いました。

しかしながら、某ドラマの世界のごとく
「やられたらやり返す」精神で
やってやろうじゃないかという気持ちになり、
とにかく1億の借金をこのアパレル会社でもって返してやろうという気持ちで、
父の起こしたこの会社を継ぐこととなったのです。

ファッションには無縁の男がアパレルで仕事を始めることになる。

服なんてジーパンとTシャツがあれば充分。

そんなふうに思っていた私には、「ファッション」は無縁の世界でした。

ましてや父が扱っていたのは、婦人服です。
当時バブル時代とよばれる時代の女性のファッション感覚といえば、
とにかくブランドという感じでした。

私からしたら、なんでそんな高価なものを身に着ける必要があるのか、
何がそんなに魅力的なのか理解しがたいところでありました。

でもとにかく売っていかなければなりません。

百貨店で自分のところが買い付けた商品を売ってもらうためには、
当時ならそういうパイプが出来上がっているところという感じでした。

しかし私にはそんなパイプなどはありません。

とにかく私がやったのは、
「徹底して頭を下げる」ということでした。
頭を下げて売上を得る。
そんな世界でした。

稼ぐことが出来ても、やればやる程意味が分からなくなった。

1億の借金を返済することが無事できたときに、
自分の中での軸や、気持ちのモチベーションを失ってしまいました。

それまでとにかく24時間常に働いていていましたが、
働くというよりも常に戦っているという感じでしたね。

やればやるほど、自分がなぜこれをやっているのかという意味が見出せなくなりました。

仲間がいるからやっている、
という感じでやっていましたが、
それでも、この仲間で戦って稼ぐ意味が
自分の中にどうしても芽生えませんでした。

その時に「あぁ自分はこの仕事向いてないな」と感じたのです。

また、昔のアパレルは「100ある商品の中で3つ当たれば大儲け」という世界でした。

ヒットする商品ならば、
例えば3000円で買ってきても3万で売れてしまうような世界だったのです。

こうなるとビジネスというよりも、どこかゲーム感覚に近いような感じでした。
次第にそのような仕事に面白みを感じられなくなっていたのです。

赤提灯での出会いが、大きく自分を変える。

「ビールバー」という新しい場

そんなとき、ある赤提灯での出会いが私を変えることになります。

私は、仲間とワイワイ騒いで飲んでというよりも、
一人で赤提灯でおでんをつついている方が性に合っていました。

仕事帰りに赤提灯に立寄り、
ふと隣を見ると
おそらくどこかの会社の重役であろう人が
同じようにおでんをつついているのです。

普通なら絶対に名刺交換などしてもらえない。
ましてや話す機会なども持ってらえないような人たちが、
そこにはいたのです。

ビジネスマンとしての出会いではなく、だたのお客同士。
「ここの玉子、美味しいんだよね」なんて気さくに話して、
一緒に酒を飲んで、おでんを御馳走になってみたり。

あのころは、VIPやステータスだとか、
そのような肩書きが重要な世の中です。
しかし赤提灯には肩書きや名刺などは一切関係ありません。

ただ今日一日、一生懸命働いてきた人が、
一杯の酒で終電までの時間をどう過ごすかという、
そこに人間味のあるドラマが存在しているかのようでした。

その時、
「自分が求めているものは正しくこれだ。こんな世界を創りたいのだ。」
そのように感じて、始めたのがビールバーでした。

店長からではなく、「お客さま」から仕事を教わる

お客様と共に作り上げる空間

飲食店の経営もアパレル同様、私にとって初めてでした。

でも、全く知らない分野だからこそやってやろう!という感じでした。
知らない自分がやるからこそ何か面白いことが生まれてくるのではないか、
という想いを持っていましたからね。

そうやって初めたビールバーは、
お客さんに居心地のよい場所を提供する場として
時に親子3代に渡って愛される店となりました。

うちにはマニュアルはありません。
アルバイトの子達は店長である私から教わるのではなく、
お客さまから仕事を教わっているのです。

お客さまの多くが、
うちを長年愛してくださっている人たちだからこそ
出来ることなのかもしれません。

私一人の店ではなく、お客様と共にある店。
一緒になって作り上げることのできる空間というのが自慢の一つですね。

「勘定」ではなく「勘」で行動せよ

徹底して自分で頭で考えてやるよりも、
まず行動してみることを大切にしてほしいですね。

まず自分が「これで間違いない」と考えてやることには、未来はありません。
なぜならそれは計算出来てしまっているからです。
計算出来ないところに行くからこそ面白いのだと思うのです。

計算出来ないということは、のめりこむことが出来ますし、
その分、新たな発見があります。
新しい発見があれば、またそれに対して踏み込んでいくことが出来ます。

それは時として、自分でも信じられない力となることもあり得るのです。

合理的に分かっていることに対して、力は出てきません。

既に計算出来ていることですから、
力を100%出さなくても、やり通すことが出来てしまうからです。

ですから学生さんにはとにかく行動してほしいと思います。
とにかく勘定するのではなく、勘で動いてほしいですね。

勘が研ぎ澄まされているのは、学生のうちです。
年齢を重ねれば重ねるだけその勘というのは鈍っていきますから、
勘が研ぎ澄まされている学生である皆さんには、
自分の勘を信じて行動してほしいと思います。

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