リンクシェア・ジャパン株式会社 代表取締役会長 兼 社長 飯田恭久


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代表取締役会長 兼 社長 飯田恭久

代表取締役会長 兼 社長 飯田恭久

設立 2004年12月24日
事業内容
    • パフォーマンスベースのオンラインサービス事業
    • アフィリエイトサイトとECサイトの募集・提携促進、トラッキングシステムの提供・運営
    • レポーティング機能の提供、報酬支払および報酬管理代行、マーケティング支援・コンサルティングサービス
    • TGアフィリエイトサービス(ASP型)、楽天アフィリエイトサービス(モール型)、検索連動広告サービス「TG-Listing」
    • Webインテグレーションサービス、広告代理業(インターネット広告)、インタラクティブディスプレイ広告の提供
会社HP http://jp.linkshare.com/

人生の大きな基盤が作られた野球と留学

小さい頃から体が大きく、野球が上手だったので、
真剣にプロ野球の選手になれると思っていました。
高校で甲子園に出て、ドラフトからのプロ野球入りするのがずっと夢でした。

しかし、東京の野球の強豪校に入るも、
不運にも3年間甲子園に行けず、
18歳の夏に野球を辞めました。

小さい頃から野球が人生の全てだったため、
野球を辞めてから、何をすればいいのかわからず
大学の4年間は、ひたすら自分探しをしました。

そして大学の卒業の時に、
新たな自分をアメリカで見つけたいと思い
それまでは、全く英語がしゃべれませんでしたが、
決心をして渡米しました。

初めは、アメリカの大学の授業を受けられる語学レベルではなかったので
付属学校で必死に語学を学びました。

アメリカでは、周囲に「日本人ではない」と言って
一切日本語を使わない環境を作り、
少しずつ英語ができるようになり
最終的には学位をもらうことができました。

学位をもらえるまでに頑張れたのは
野球で培った経験が大きく影響しています。

高校の入学時に140人の同級生が同じ野球部に入部し、
引退までに14人に減りました。
生存確率が10%で、私は最後まで残りました。
その経験を通して、どんなに困難なことがあっても自分にはやりきれる、
という大きな自信を持ちました。

そして、野球にぶつけていた全エネルギーを
アメリカでは勉強にぶつけて、
ものすごく勉強をしました。
睡眠時間は平均3時間くらいが常でした。

留学の4年間では、
野球を通して学んでいた体育会系の根性論とやりきる、という信念が基盤となり
さらには、その後の私の人生の大きな基盤が作られました。
あることを目指していて到達できなかったとしても、
あきらめてはいけません。
その経験を次に生かしていけば、
必ずその礎になってくれます。

そしてその留学の時にたまたま、興味を持ち、
出会った分野がマーケティングでした。
マーケティングというのは、
商売の元、商売の真髄の部分であると思いました。

今まで一貫してマーケティングに携わる原点がそこで作られました。

グローバルNO.1の企業を股にかけて

アメリカの大学の卒業と同時に、
男性用カミソリ・髭剃りメーカーのジレット (The Gillette Company)に入社。

1990年初めの日本のバブル景気時に、
ジレットは日本のマーケティングに力を入れるために、
アメリカで教育された人材を探していました。

当時ジレットはアメリカの優良企業で、
全米TOPクラスのMBAホルダーしか採用しなかったのですが、
たまたま私が日本人で、面接官と息が合った事で採用となりました。

こうして最初にジレットという、
世界においての業界No1のグローバル企業に入社することになりました。

日本のマーケットで2年間の現場経験を積んだ後、
外資系企業では結果を出さなければ生き残れないため、
本社に戻ってから、将来の幹部候補生として結果を出す訓練を受けました。
そして、この経験が後のキャリアに大きな影響を及ぼす事となります。

8年後、ウォルト・ディズニー・ジャパン パーク・アンド・リゾートから
ヘッドハンティングされ、入社。
世界No.1のエンターテイメント企業で、
アメリカのテーマパークをプロモートする仕事を経験しました。

しかし2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件で、
アメリカのテーマパークのプロモーション事業部門が閉鎖に近い状況になりました。
色々と悩んだ末にディズニーを後にする事を決意しました。

世界一の企業からベンチャー企業のダイソンに転職

ディズニーに残るか、新しい事をやるか迷っていた中で出会ったのが、
掃除機メーカーのダイソンでした。

当時ダイソンは、日本ではこれからという時期。
家電製品でも陽の目が当たらない掃除機をイギリスでは花形として開花させ、
大成功を収めていました。

今までのような、すでに世界NO.1である会社で働くのではなく、
日本でゼロの状態から会社を作り上げていくのは面白いと思い、
ダイソンに入社したのが36歳。

日本の社員は20人位で、まだ小さな会社でしたが、
大変素晴らしい製品なので、
日本の消費者もこの価値がきっと分かるに違いないと信じてスタート。

当時の私は営業の責任者でしたが、
4ヶ月後に日本の社長が突然辞任し、後任の社長に抜擢された事が転機で、
社長人生がスタートしました。

しかし社長は初めての経験。
右も左も分からず、ひたすら勉強しながら試行錯誤の連続。
週末は、社長の身分を隠してはっぴを着て家電量販店の売り場に立つも、
一日に1台も売れないという現実に直面。

しかし、私はプロダクトを信じ続けました。
製品性能の優秀さに一点の疑いもありませんでした。
いかにダイソンビリーバーを増やし、
伝播していけるかを常に考えていました。

周囲の業界の人たちに
「外国製の家電が成功した前例が無いから無理ですよ」
と言われながらも、
その後にショップチャンネルに出演し、
徐々に認知してもらえるようになりました。

後に、ジェームズダイソン氏をどうにか説得して日本オリジナルの掃除機を開発してもらい、
社員全員の力で成功を勝ち取る事が出来ました。

成功を勝ち取れた大きな理由は「信じること」それに尽きると思います。

リンクシェアの社長としての経営に対するこだわり

40歳で、人生において他に何がやりたいのかと考えた時が次の転機でした。

振り返れば、グローバル企業の世界一しか知りませんでしたが、
世界一の企業に入っただけで、
私が世界一にしたわけではありません。

その頃、楽天の三木谷社長にお会いし
彼のビジョンを聞いた時に「これだ!」と思いました。
世界進出し一番を目指している会社で仕事をして
世界NO.1の会社を作ることがしたいと思い
ダイソンを退職し、楽天株式会社に入社。

楽天市場事業の営業部の現場で営業、店舗のコンサルタントを経験し、
現場での経験を積んでから、
7ヶ月後に執行役員となりました。

2年間楽天市場の事業の仕事をし、
2008年6月頃に三木谷社長から
アメリカのLinkShare Corporation(リンクシェアコーポレーション)という会社の
事業再生を行ってほしいという事で
リンクシェアコーポレーションの社長になりました。

ニューヨークのアフェリエイトマーケティング業界は未知の世界でしたが、
事業をどうにか再生し、
今はサービス展開エリアを広げています。

最初の2年はものすごく苦労し、
再生できるかわからない状態でした。
自社のビジネスにあきらめを持ったスタッフは辞めて行き
ビジネスを愛しているスタッフだけが残りました。
私自身も、自社のビジネスを信じ、
本来提供できる価値を見直し、何度も手直しをしていきました。

経営とは、
自分が提供する製品やサービスに思いを込め、
社長自らが信じてやるという姿勢が重要だと考えています。

会社は決して一人では出来ません。
自分が目指そうとする事業への思いや信念、
周囲に対する「LOVE」な思いや人を大切に思う気持ちを、
私は何よりも大切にしています。

そして今では、3年連続で
No.1アフィリエイトネットワークに評されるまでになりました。

今後のビジョン、一番へのこだわり

海外生活が長い私が外から日本を見た時、
グローバル化という言葉だけがひとり歩きしていると感じます。

真のグローバル化とは、
英語が話せることや、海外拠点があることではなく、
人種や言葉の違いに関わらず、ユニバーサルな価値観があることです。
ユニバーサルな価値観とは、
普遍的な価値が何であるかを見極める力です。
言語や国や文化や環境が異なったとしても、真の価値は、普遍的です。

その普遍的なものや価値をいかに理解し、周囲に伝えられるか、
コミュニケーション出来るかが大切なポイントだと思います。

普遍的な価値を見極める力をつけるには
自分が対峙している、モノやサービスの本当の価値って何なんだろう?と
常に問い続けていくことが大事です。

私自身も、繰り返し繰り返し、毎日毎日、自分のやっていることが本当に価値があるのか、
そしてモノやコトを具現化できているかを常に自問自答しています。

今の事業をグローバル化するにあたり
国境を超えて私たちのサービスを必要とする人たちに、
私たちの持つ価値やサービスを確実に提供する事が使命であると考えています。

また、それを確実に伝えられる人たちが、
各々の最適な場所で活躍出来る会社にしていきたいです。

やるからには一番になりたいですし、
一番に凄くこだわっています。

生意気ですが、今まで世界一の企業で仕事をしていたので、
一番という位置の爽快感を味わってきました。
ぜひ、一緒に仕事をしている人たちにも、
その気持ちを味わってもらいたいです。

しかしそれは優劣ではなく、
それぞれの役割や適材適所で力を発揮し、
ひとつの目標に向かい一致団結してやるからこそ成功し、
不可能と思われる事も可能にしていけるのだと思います。

求めるのは、時代と共に進化していける人材

インターネットの世界は日々変化し、進化し続けています。
専門分野も大切ですが、
幅広く様々な事に興味を持ち、
自分のやりたい事に対する探究心を持って、
それに打ち込める基本姿勢のある人というのが重要です。

業界自体もスピード社会で、
もの凄い早さで物事が変動しているため、
5年後、10年後も安定しているという保障はどこにもありません。

常に自分自身が進化していくという気持ちを持った人でなければ、
世の中の進化にも対応していく事は難しいと考えています。
そのため、常に進化していきたいという向上心を持った人がいいですね。

いわゆる安定を求める人には向いていないとも言えます。
現状に甘んじる事なく、
「やるなら一番になりたい!」
という気持ちを持った人と一緒に仕事がしたいです。

絶えず目まぐるしい進化を続ける状態だからこそ、
自分も進化し成長していきたいという思いがある人の方が、
我々のビジネスでは成功出来ると思います。

人生は一度きり、
生きている間に一生懸命に打ち込んで、
何かをやりたいという思いのある人がいいですね。

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