株式会社ハマヤフーズ 代表取締役 塩谷 仁平


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代表取締役 塩谷 仁平

株式会社ハマヤフーズ 代表取締役 塩谷 仁平

代表取締役 塩谷 仁平

株式会社ハマヤフーズ
設立 昭和34年8月
事業内容
  • レストラン・カフェ経営(都内11店舗)

模索を重ねた末にオープンしたサンドイッチのお店

大学を卒業して2~3年は、どのような仕事をしようかと
模索していた時期と言えるかもしれません。
新卒で不動産会社に入社したものの、
会社の理不尽なやり方に不満を抱いて3ヶ月で退社。
サラリーマンには向いていないと分かったので、
自分で何かやろうと考えました。

大学生時代にもっと勉強しておけば良かったのですが、
経営者になるためには経理関係などに
詳しくならなければいけないと思い、
まずは簿記の学校に通いました。
簿記学校に1年通って資格を取り、
何をやろうかと具体的に考え始めたのです。

それで、ありがちな考えですが、
独立して何かをやるなら飲食店かな、と。
当時、昭和49年頃は、コーヒー専門店が流行っていました。
ただ、コーヒー専門店のお客さんの多くは男性。
男性客は、そういったお店では、あまりお金を使いません。
だから私は、若い女性をターゲットにした業態が、
これからのマーケットとしては期待できると思いました。
それでまた色々と考え、サンドイッチ専門店で
見習いとして働くことにしたのです。
そこでは1年ほど働いて必要なことを覚え、
昭和51年、成城学園にサンドイッチのお店を開きました。

ユニークなアイデアで大繁盛

お店のコンセプトは「洋食をはさむサンドイッチ」。
タルタルソースをつけたエビフライをはさんだり、
ローストビーフをはさんだりと、何十種類ものサンドイッチを
取り揃えました。
サンドイッチといえば、ハムサンドやタマゴサンド、
野菜サンドくらいしかない時代だったので、
当時としては、とてもユニークなお店だったんですよ。

具に関しては、きちんと洋食のコックさんを雇って、
作り方を教えてもらいました。
例えばローストビーフにしても、自分たちで焼いたんですよ。
すべての料理は、全部手作りでやりました。
やがて種類が豊富で美味しいという口コミが広がって、
お店はとても繁盛しました。
2年後には原宿にもお店を出すなど、商売は順調。
さらに叔父がやっていたリプトンのティールームを引き継いで、
「サンドイッチと紅茶のお店」として開店します。
これがまた評判を呼び、他にも何店舗かお店を出しました。

泣く泣く閉めた創業のお店

ところが、せっかく順調に推移していたのに、
きちんと管理をせずに、お店を増やしていったため、
目が行き届かなくなってしまいます。
お店のコンセプトや人の管理を大雑把にしているうちに
業績が下がり、1号店である成城学園のお店は、赤字へと転落していきました。

そのため、新規オープンのために銀行に融資を頼んでも断られてしまいます。
あちこち銀行を回っても全てダメ。メインの銀行に頼み込んだら、
「成城学園の店を閉めるなら融資する」と言われました。
しかし私にしてみたら、そんなの冗談じゃない。
成城のお店というのは、創業のお店だから特別なのです。
閉めるなんてとんでもないこと。しかし銀行も譲りません。
赤字垂れ流しの店を続けるなら融資はしない、と。
そこで、3ヶ月で絶対に立て直すから、と訴えて猶予をもらいました。

成城学園のお店は、ずっと人任せにしていたため、立て直しを契機に、自分で見に行ってみました。
そこで分かったのが、サンドイッチの味が落ちて、とてもまずくなっていたこと。
見た目は以前と変わらないのに、食べると、まずいんです。
調べてみると、様々な点で以前とは違っていました。例えばローストビーフ。
私たちの頃は、オーダーごとにスライスしていたのですが、
あらかじめスライスしておくという手順に変わっていました。
そのため、ローストビーフは乾いてしまうのです。
また、卵サラダは、前日の残りを翌日に使うこともありました。
パンも、余った分は翌日に回しています。これでは美味しいサンドイッチが
できるわけがありません。当然ながら売り上げも落ちてしまいます。

とにかく立て直そうと頑張りましたが、「美味しくない」という評判が
定着してしまっていて、3ヶ月程度ではどうにもなりませんでした。
結局、銀行との約束で、お店は閉めることになりました。この時は本当に悔しかったですよ。
涙がとまりませんでした。創業の店、自分にとって原点のお店を閉めるのですから。

「パパママの店」が基本であり理想

創業のお店をなくした時に痛感したのが、「お店というのは生ものなのだ」ということです。
ちゃんと愛情をかけてあげれば育ちますが、
ほったらかしにすると、花と同じように枯れてしまいます。
このことがあってからは、人任せにするのはやめました。
とにかく一軒一軒のお店を大事にしようと決めたのです。

私たちがやりたいのはチェーン店ではなく、「パパママの店」です。
イメージとしては、街の小さな洋食屋さん。
お父さんが何日もかけて一生懸命にデミグラスソースを作って、
それをベースに美味しいシチューやハンバーグを作る。
お母さんが、「うちのお父さんの料理は美味しいよ」と、お客さんに勧める。
そしてそのお店のスタッフも、みんな家族的で温かい。

美味しい料理と、温かいサービス、みんな仲良し。
そんな「パパママの店」が、私の理想なんです。
だからお店を出しましょうという話があったら、
「ここだったらこんな店がいいかな」と考えながらやります。

後になって考えたら、初めて開いた成城学園のお店は、まさに「パパママの店」でしたね。
みんなで一生懸命に手作りで美味しいサンドイッチを作って、
従業員もとても仲が良かったんです。
やはり、そういったお店が、私にとっては基本形であり、理想の形でもあるのです。

「パパママの店」のポリシーは、「美味しい料理、温かいサービス、みんな仲良し」ですが、
この中でも「みんな仲良し」が、特に大切だと思っています。
従業員が仲良しで雰囲気が良いお店というのは、
食べている側も楽しい気分になります。
ところが何か問題を抱えているお店は、どこかピリピリしている。
笑顔で対応していたとしても、何か違うんですよ。
お客様はそういうところも感じとるものなのです。
だからやはり、「みんな仲良し」というのは、とても重要です。

学生へのメッセージ

飽きない、めげない、悪びれない」
私はずっと、この考え方でやってきました。

「飽きない」というのは、頑張って続けていくこと。
継続は力なりなどと言いますが、
やはり常にそのような気持ちでやっていくことが大事です。

「めげない」というのは、「なにくそ!」と思う気持ちですね。
私も人生いろいろで、多くの困難もありましたが、
そんな時にもめげずにやってきました。
若い人たちは、これから失敗もたくさんすることでしょう。
しかし失敗にめげることなく頑張ってほしい。
成功している人ほど、失敗の数も多いと言います。
大事なのは、失敗したからどうだということではなく、
失敗を糧にして頑張るという気持ちなのです。

「悪びれない」とは、素直な気持ちを持ち続けることです。
若い頃は、どうしても「井の中の蛙」になりがちですし、
ひとりよがりになってしまうことも多いものです。
私の場合、そんな時に先輩が助言をしてくれても、
「何を言ってんだよ」と思っていました。
しかし後で考えると、「なるほど」と納得できたんですね。
そういった自分の経験から言えることなのですが、
悪びれたりふてくされたりせずに、
素直になるということは、とても大切です。

これらをベースにして、あとは自分のアイデンティティ、
持ち味といったものを大事にしてやっていれば、
道は開けてくるはずです。

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